第98話『小さな石──波紋の行方』
翌朝、私は港の拡張案に短い一文を返した。
「確実性が不足している、とは何を指すか」
それだけ。
差し戻しでも、却下でもない。
問いを、具体化した。
昼前、提案者の三人が揃って執務室に現れた。
「……不足しているのは、
需要予測の幅です」
代表が、やや緊張した声で言う。
「幅?」
「はい。
現状維持の場合の数字は安定していますが、
拡張後の増加予測に、振れがあります」
私は頷いた。
「振れは、どの程度?」
「最大で、二割」
二割。
大きいが、致命的ではない。
「それは、
危険?」
三人は顔を見合わせる。
「……判断が、割れました」
「二割の振れは想定内だと考える者と、
未知数が多いと考える者と」
「だから、保留に?」
「はい」
私は椅子に背を預ける。
「その議論、
もう一度やりなさい」
三人は驚く。
「ただし、
“失敗した場合の回復策”まで含めて」
沈黙。
「成功確率だけでなく、
失敗時の耐性を出す」
「それが見えれば、
振れは恐怖じゃなくなる」
彼らは、ゆっくりと頷いた。
午後、例の簡易机で再び議論が始まった。
声が少し大きい。
紙の音も増えている。
「拡張後、
三割減でも維持できるか?」
「段階的に広げれば?」
「回収期間を延ばす案は?」
熱が戻っていた。
夕方、ガイルが肩をすくめる。
「石、投げたな」
「ええ」
私は港を見つめる。
「でも、小さい石よ」
大きな改革ではない。
誰かを責めたわけでもない。
ただ、
“怖い”の正体を言葉にさせただけ。
夜、修正版が届く。
結論は――
拡張、実施。
ただし、段階的。
回復策付き。
私は、微笑む。
慎重は悪くない。
だが、慎重の理由を掘り下げれば、
前進の道は見える。
退いた中心は、
命令しない。
だが、
問いで揺らす。
窓の外、
港の灯りが一列分、先へ伸びている。
まだ小さい。
だが、確実に。
波紋は、
広がり始めていた。




