第92話『問いを戻す──考える音を取り戻す』
翌朝、私は一枚の通達を出した。
基準でも、補遺でもない。
短い、問いだけの文だ。
「同じ判断になった理由を、
自分の言葉で説明できるか」
それだけ。
理由の型も、例文も、示さない。
問いだけを、現場へ返した。
「……不安が出ませんか?」
ミレーヌが、少し心配そうに言う。
「出るわ」
私は、即答した。
「でも、
不安は考え始める合図よ」
午前中、判断は減った。
だが、止まってはいない。
上がってきた書類は、
文量が増え、
言葉がばらついていた。
「……読みにくいですね」
リュシアンが言う。
「ええ」
私は頷く。
「でも、
考えている音がする」
午後、若手が一人、
恐る恐る執務室を訪ねてきた。
「……同じ結論なんですが、
理由が、前例と違います」
「いいわ」
私は、紙を受け取る。
「違うと、
何が変わった?」
「条件の重みづけ、です」
彼の声は、まだ硬い。
だが、逃げていない。
「それ、
書いた?」
「はい」
「なら、
通して」
彼は、目を見開いた。
「前例と違っても?」
「考えたなら、
問題ない」
その言葉に、
彼は深く頭を下げた。
夕方、ガイルが苦笑する。
「揺らしたな」
「ええ」
私は、窓の外を見る。
「均一すぎるのは、
停滞の一歩手前」
「面倒が増えるぞ」
「増えない」
私は首を振る。
「“戻ってくる理由”が、
増えるだけ」
夜、机に積まれた書類を見渡す。
整ってはいない。
だが、死んでいない。
判断は、
型で出すものじゃない。
考えた結果、
たまたま同じ形になるだけ。
中心がすべきなのは、
正解を示すことじゃない。
問いを、
戻し続けること。
私は、灯りを少し落とし、
紙の山に向き直る。
考える音は、
少しうるさい。
だがそれが、
ちゃんと生きている証なのだから。




