第82話『重心の偏り──中心に起きる歪み』
中心が定まると、均衡は安定する。
だが同時に、偏りも生まれる。
「……負荷が、集中し始めています」
リュシアンの報告は、数字より先に、その表情が語っていた。
「どこに?」
「判断です。
特に、例外処理」
私は、手元の書類から顔を上げた。
「基準外、というやつね」
「はい。
誰もが“ここは例外だ”と言ってくる」
それは、自然な流れだった。
基準が明確になれば、
基準に収まらない事案だけが、浮き上がる。
午前中だけで、三件。
午後にも、二件。
どれも、緊急性は低い。
だが、放置はできない。
「……私が見すぎている」
そう呟くと、ミレーヌが静かに頷いた。
「現場も、
それを前提に動き始めています」
中心が、
“便利”になり始めている。
夕刻、私は一つ決めた。
「例外判定、
段階を設ける」
即席の会合を開く。
「全てを、
ここに持ってこない」
そう告げると、
数人が戸惑った表情を見せた。
「まず、
三人以上で協議する」
「それでも割れた場合だけ、
上げる」
一人が、慎重に言う。
「責任は……?」
「共有」
私は即答する。
「判断の理由を、
記録に残す」
「誰か一人に、
背負わせない」
空気が、少し変わる。
軽くなるのではない。
分散する。
夜、ガイルが言った。
「中心から、
少し外すわけか」
「ええ」
私は頷く。
「中心は、
全部を受ける場所じゃない」
「潰れるからな」
「歪むのよ」
歪んだ中心は、
信頼を返せなくなる。
執務室で、灯りを落とす。
今日は、決断を“しなかった”決断の日だ。
任せる。
分ける。
戻す。
それもまた、
中心の役目。
重心は、少しだけ移動した。
だが、崩れてはいない。
私は、その感触を確かめながら、
静かに次の日を迎える。




