第8話『王都の陰謀──“悪役令嬢”再び、断罪の檻へ!?』
季節祭の成功から三日後。
王都のあちこちで「ローデン領の奇跡」の噂が広がっていた。
「ハーブ染め布が上流夫人の間で大流行ですって!」
「魔光ランタンは夜会の装飾にも使われているらしいわ!」
人々が囁く声を聞きながら、私は宿の窓辺で紅茶を口にした。
(ふふ、思ったより広まるのが早いわね)
リュシアンとの契約も順調、商会は拡大。
これでローデン領の発展は間違いなし――そう思っていた、その時。
「レティシア様! 大変です!」
扉を勢いよく開けたのは、補佐役のメイド、マリアだった。
「王宮からの召喚状が……!」
「召喚状?」
差し出された封筒には、見覚えのある紋章。
――王家の紋。
「王命により、“王国法廷”への出頭を命ずる」
私は眉をひそめた。
(やっぱり来たわね……ゲームでいう“第二断罪イベント”)
王城の大広間。
真紅の絨毯の先には、エドワード王子とミリア、そして取り巻きの貴族たち。
人々が円形に囲み、私を“罪人”として見下ろしている。
(デジャヴだわ……この光景、あの日とまったく同じ)
「レティシア・フォン・ローデン。貴様を――再び告発する!」
エドワードが高らかに声を上げた。
「貴様は王都で虚偽の商業活動を行い、不正に利益を得た疑いがある!」
「不正、ですって?」
「証拠はここにあるわ!」
ミリアが掲げたのは、一通の帳簿。
そこには、“黒衣商会との裏取引”という記述があった。
(ああ……完全に仕掛けてきたわね)
リュシアンの顔を見やると、彼はただ肩をすくめる。
「……どうやら、俺たちを陥れたい誰かがいるようだな」
「黙れ、闇商人!」
エドワードが怒鳴る。
「この国を混乱させる者など、許されぬ!」
(自分の失策を他人に押し付ける……相変わらずね)
「殿下、ひとつお伺いしてもよろしいかしら?」
私は静かに一歩前へ出た。
「その帳簿、殿下はご自身の目で確認されたのですか?」
「……なに?」
「“黒衣商会との取引”と記されている部分、よくご覧くださいませ」
リュシアンが懐から小さなルーペを差し出す。
「このインク、王都では流通していない。辺境では使われない成分が含まれている」
「ま、まさか……!」
「つまり――偽造です」
ざわめく会場。
貴族たちが口々に囁き合う。
「だがっ! 証人がいる!」
ミリアが叫んだ。
「あなたが商会の者に賄賂を渡しているところを、私、この目で――」
「ミリア嬢」
リュシアンがゆっくりと笑う。
「“俺の商会の者”に賄賂を渡したのは、あなたの方では?」
「なっ……!」
彼が指を鳴らすと、扉の外から数名の商人が入ってきた。
「証人です。賄賂を受け取ったと偽証するよう命じられたと証言します」
「そ、そんな……違う! これは罠よ!」
ミリアが叫ぶが、誰も彼女の言葉を信じなかった。
次々と暴かれる偽造書類、賄賂の記録、王子の指示書。
(これで決まりね)
「エドワード殿下」
私は礼をして微笑んだ。
「ローデン領を追放した令嬢が、今こうしてこの場に立つのは、
“真実”がどちらにあるかを示すためです」
「う、うるさい! 俺は悪くない! すべてはミリアが――」
「えっ……エドワード様……?」
王子の口から裏切りの言葉がこぼれ、場が凍りつく。
ミリアの顔から血の気が引き、涙が頬を伝った。
――そして、法廷に響く判決。
「レティシア・フォン・ローデン、無罪」
「王太子エドワード及びミリア嬢、王家侮辱罪の疑いにより拘束!」
会場がどよめく。
人々の視線が、一斉に私へと向けられた。
「“悪役令嬢”の名は、今日をもって返上いたしますわ」
私はスカートを翻し、静かに一礼した。
頭上に差し込む光が、まるで祝福のように眩しかった。
その夜。
ローデン領へ帰る馬車の中。
隣のガイルが、ぼそりと呟いた。
「……すげぇな、お前」
「ふふ、また“ざまぁ”ですわね♪」
「ざまぁ?」
「“二回目の断罪返し”ですの」
「……まったく、敵に回したくない女だ」
そう言って、ガイルは照れくさそうに笑った。
馬車の窓の外、星が輝く。
ローデン領の空のように、自由で澄んだ光。
(今度こそ、私の物語は“罰”ではなく、“幸せ”の始まり――)




