第78話『揺り戻しの兆し──試される現場』
倉庫三番の是正から二日。
表面上、何も変わらない。
だからこそ、現場の空気が少しだけ違っていた。
「……皆、慎重ですね」
ミレーヌが、朝の巡回後にそう言った。
「ええ」
私は頷く。
「一度“止められた”場所は、
しばらく様子を見るものよ」
慎重さは、悪くない。
だが、行き過ぎると、停滞になる。
昼前、港の荷の流れが、わずかに滞った。
「判断を仰ぎたい、と」
管理役が困った顔で言う。
「どんな?」
「前例が微妙で……
善意と取られるか、
規則違反と取られるか」
私は、少し考える。
「止めた理由は?」
「判断が怖い、と」
正直な答えだった。
私は、その場で答えを出さなかった。
「皆を集めて」
簡易の会合は、倉庫脇で行われた。
大げさなものじゃない。
「昨日の是正で、
動きにくくなった人がいる」
私は、そう切り出す。
誰も否定しない。
「それは、想定内よ」
続ける。
「でも、止まるための規則じゃない」
一人が、恐る恐る言った。
「……判断して、
また間違ったら?」
「また、直す」
即答だった。
「一度で正解を出す必要はない」
空気が、わずかに緩む。
「ただし」
声を低くする。
「隠さない。
ごまかさない。
勝手に“良かれ”をしない」
全員が、静かに頷いた。
午後、滞っていた荷が、再び動き始めた。
速度は、少し遅い。
だが、確実だ。
夕方、シグルが戻る。
「影が、様子を見ている」
「入り込めそう?」
「今は無理だな」
彼は言った。
「迷いはあるが、
崩れはない」
私は、窓の外を見る。
揺り戻しは、必ず来る。
締めれば、緩みを探す。
整えれば、試される。
「大事なのは」
私は呟く。
「揺れた時に、
戻れるかどうか」
夜、帳簿を閉じる。
数字は、ほんの少し鈍った。
だが、下がってはいない。
それでいい。
現場が、考え、迷い、
それでも動く。
完璧より、健全。
今日の揺り戻しは、
この場所が“生きている”証拠だ。
私は、また中心に立つ。
締めすぎず、
緩めすぎず、
揺れを受け止めながら。




