第7話『王都潜入──ざまぁの序章、偽りの祝宴にて』
「王都、ですのね……」
馬車の窓から見える街並みを見て、私は小さく息を呑んだ。
久しぶりに見る白亜の城壁、煌びやかな街路樹、絹のドレスをまとった貴婦人たち。
――あの日、理不尽に婚約破棄され、追放された場所。
(もう二度と来ることはないと思っていたのに)
だが今回は“追放された令嬢”ではなく、“ローデン領代表商人”として。
胸を張って戻ってきたのだ。
隣では、騎士団長のガイルが相変わらずの渋面で窓の外を睨んでいる。
「……どうしてお前は、こうも平然としていられるんだ」
「前職で上司の理不尽な会議に何百回も耐えた人間ですもの。
王子の断罪くらい、もはや朝礼レベルですわ♪」
「お前のたとえは、いつもわかるようでわからん」
思わず笑ってしまう。
この空気が少しだけ、心を軽くした。
王都の商業街は、季節祭の準備で賑わっていた。
屋台の香ばしい匂い、楽団の音、色とりどりの旗。
その中で、私たちはローデン領の特設ブースを構える。
並べられたのは、“魔光ランタン”“ハーブ染め布”“ハーブオイル”。
どれも辺境で生まれた“希望の品”だ。
「目を引くな……。これなら勝てるかもしれん」
「もちろんですわ。品質には自信がありますもの」
だが――その背後で、私たちを鋭く睨む視線があった。
金髪の青年と、可憐な少女。
王子エドワードと、かつてのヒロイン・ミリアだった。
「レティシア……!? まさか、あなたが……!」
ミリアが驚きの声を上げる。
私はにこやかに会釈した。
「お久しぶりですわ、殿下、ミリア様。ごきげんよう」
「ふん……追放されたはずの女が、何をしに戻ってきた」
エドワードの声は冷たく、しかしどこか焦りが滲んでいた。
「王都季節祭の出展でございます。ローデン領の商品を広めるために参りました」
「ローデン領? あんな荒地が何を出せる!」
「どうぞ、こちらをお試しください」
私はハーブオイルの小瓶を差し出す。
ミリアが訝しげに蓋を開けた瞬間――。
「……す、すごい! 香りが優しいのに、爽やか……!」
「殿下、これ、素晴らしいです!」
「なっ……!?」
エドワードが狼狽するのを見て、私は笑みを深めた。
「ローデン領は今、豊かに実っております。
おかげさまで、追放されてからの方が人生が充実しておりますの」
「お、お前……俺を侮辱しているのか!?」
「いいえ? 事実を申し上げただけですわ♪」
背後でガイルが小さく吹き出した。
(あ、笑ってる……!)
その直後、場の空気を裂くように現れたのは、黒衣の男――リュシアン。
「ご機嫌よう、殿下。黒衣商会代表リュシアン・ヴェイルと申します。
本日の出展にて、ローデン領と正式に契約を結びました」
「なっ、黒衣商会だと!?」
ざわつく貴族たち。
闇の商人と恐れられる彼が、辺境の令嬢と手を結ぶなど前代未聞。
「殿下、こちらの“ローデン商品”は既に評判でしてね。
貴族夫人たちから予約注文が殺到しております」
「ば、馬鹿な……! あの女が……!」
エドワードの顔が青ざめる。
その隣で、ミリアが焦ったように袖を引いた。
「エドワード様、どうしましょう……?」
「うるさい! 俺の邪魔をするな!」
その怒声に、周囲が凍りつく。
(……ああ、これよ。ゲームの“裏ルート”。
王子が焦りと嫉妬で崩れていくルートが、今、現実に)
数時間後、祭りの中心にて。
私たちのブースには人が溢れ、商品は完売。
王都新聞の記者までやってきて、記事の取材を申し出た。
「レティシア様、これで正式に“辺境の奇跡”として報じられますね!」
「ええ、ローデンの名を世界に広めましょう!」
そんな私たちを、遠くから睨みつける二つの影。
エドワードとミリア。
「……俺の、俺のものだったはずだ……」
「エドワード様……?」
――彼のプライドが崩れ落ちる音が、群衆のざわめきに紛れて響いた。
夜。
祭りの喧騒が静まり、屋台の明かりが消えていく。
私は屋上のバルコニーから王都の灯りを見下ろしていた。
隣には、いつものように無骨な騎士。
「……満足か?」
「ええ、とっても。ざまぁ、ですもの」
「ざまぁ?」
「“仕返し成功”って意味ですわ♪」
ガイルは呆れたように笑い、そっと私の隣に立った。
「……お前は、本当に強いな」
「いえ、支えてくれる人がいるから、ですわ」
風が頬を撫で、遠くで花火が上がった。
ローデン領の旗が夜空にたなびく。
(でも、これはまだ序章。
本当のざまぁ劇は、これから始まる――)




