第68話『試される信頼──揺れる現場』
街道での“示威”から二日。
表向き、領地は落ち着きを取り戻していた。
港は動き、市場も賑わう。
視察団の姿は消え、噂話も一段落したように見える。
──だが、現場は違った。
「……揉めてます」
ミレーヌの報告は、短く、重かった。
「どこで?」
「南側の再配置倉庫です。
職人と、元王都系商人の間で」
私はすぐに立ち上がった。
倉庫前には人だかりができていた。
怒鳴り声こそ上がっていないが、空気が硬い。
「契約が違うだろ!」
「条件は最初に説明したはずです!」
間に入っているのは、若い管理役だ。
だが、相手は経験も声も上だ。
「……状況は?」
私が声をかけると、ざわめきが止まった。
管理役が一歩前に出る。
「荷の優先順位についてです。
再編後は“到着順と用途”で決めると」
「ふざけるな!」
商人の一人が声を荒げた。
「俺たちは長年、この港を支えてきた!
新参と同列扱いだと?」
私は、静かにその男を見る。
「同列です」
即答だった。
「ここでは、過去ではなく“今”で判断する」
男の顔が赤くなる。
「だから言ったんだ!
理想論だと!」
周囲が息を呑む。
若い管理役の肩が、わずかに揺れた。
私は一歩前に出る。
「理想論じゃないわ」
低く、はっきり言った。
「これは、ルールよ」
「……なら、俺たちは引く」
男は吐き捨てるように言う。
「他にも港はある」
「ええ」
私は頷いた。
「止めない」
一瞬、静寂。
誰かが引き留めると思っていたのだろう。
男は、戸惑いを隠せずに仲間を見る。
「……いいのか?」
「いい」
私は繰り返した。
「ここは、従う人だけが残る場所だから」
商人たちは、しばらく立ち尽くした後、荷をまとめて去っていった。
残された空気は、重い。
管理役が、不安そうに言う。
「……本当に、良かったのでしょうか」
「良かったわ」
私は答えた。
「今は痛む。
でも、後で腐るよりはいい」
その夜、報告が上がる。
例の商人たちは、別の港へ向かったが、条件で折り合わず足止めされている、と。
「噂、広がりますね」
リュシアンが言う。
「ええ」
私は地図を見る。
「“厳しいが、一貫している”って」
ガイルが苦笑する。
「嫌われもするがな」
「それでいい」
私は言った。
「全員に好かれる領主は、信用されない」
深夜、シグルが戻ってきた。
「蒼月の翼の動き。
直接ではないが……」
「噂?」
「そうだ。
“内部が割れ始めている”と流している」
私は小さく息を吐いた。
「分かりやすいわね」
「効くぞ。
不安は、内部から崩す」
私は、昼間の若い管理役の顔を思い出す。
「だからこそ」
顔を上げる。
「信頼は、現場で積み上げるしかない」
翌朝、私は全管理役を集めた。
「迷うことはある」
そう前置きして、言う。
「でも、ルールを守った判断は、私が守る」
誰かが、ほっと息を吐いた。
「失敗したら?」
一人が問う。
「一緒に、責任を取る」
それだけで、十分だった。
人は、不安が消えると強くなる。
守られていると分かると、立てる。
外では、今日も荷が動いている。
去る者もいる。
残る者もいる。
それでいい。
この場所は、
選び、選ばれ、試され続ける。
そして──
信頼は、揺れた後にこそ、本物になる。




