第66話『寄せ集まる視線──価値を測る者たち』
再編が動き出して一週間。
港も市場も、まだぎこちないながら“流れ”を取り戻しつつあった。
完璧には程遠い。
それでも、止まってはいない。
「……来ますね」
リュシアンが差し出した予定表には、見慣れない名前が並んでいた。
近隣領主の代理。
有力商会の視察団。
そして──王都に近い血筋の貴族家。
「噂を嗅ぎつけたハイエナ、って顔ぶれだな」
ガイルが肩をすくめる。
「ええ。でも──」
私は紙に指を置いた。
「同時に、“見極めたい”人たちでもある」
潰れるか。
生き残るか。
それとも、取り込めるか。
価値を測るための視線が、確実に集まり始めている。
「迎え撃つ準備は?」
シグルが静かに問う。
「飾らない」
私は即答した。
「良いところも、悪いところも、そのまま見せる」
「勇気あるな」
「演出で取り繕うほど、余裕はないもの」
最初の視察団が到着したのは、昼前だった。
港の臨時事務所に案内し、私は正面から出迎えた。
「辺境とは思えない活気ですね」
白髭の商会代表が、探るように言う。
「混乱の最中ですから」
私は淡々と返す。
「静かなより、健全です」
案内したのは、完成した施設よりも、
むしろ“途中”の場所だった。
仮設の作業場。
再配置された倉庫。
不揃いな人員表。
「ずいぶん、無理をしている」
別の男が言った。
「ええ」
私は頷く。
「でも、止まるよりはいい」
視察団は、互いに視線を交わす。
「王都に戻れば、もっと楽でしょうに」
その言葉に、私は足を止めた。
「楽、ですか」
振り返り、はっきり言う。
「楽な場所に、未来はありません」
一瞬、空気が張りつめた。
だが、その張りは嫌なものではない。
午後、別の訪問者が現れた。
隣領の若い女領主だ。
「……正直に言うわ」
彼女は、私と二人きりになるなり言った。
「あなた、危うい橋を渡ってる」
「ええ」
「でも」
彼女は、ふっと笑った。
「面白い」
その一言に、思わずこちらも笑ってしまった。
「味方になるつもり?」
「今すぐじゃない」
彼女は肩をすくめる。
「でも、敵にもならない。
それだけでも、今は価値があるでしょ?」
「十分すぎるわ」
その夜、屋敷に戻ると、疲労がどっと押し寄せた。
だが、嫌な疲れじゃない。
ミレーヌが温かいお茶を差し出す。
「皆様……何か、感じ取って帰られたようでした」
「ええ」
私は湯気の向こうを見る。
「測られているけど、同時に──
こちらも、測っている」
ガイルが腕を組む。
「寄ってくる奴も、増えるな」
「だからこそ」
私は静かに言った。
「誰を入れて、誰を入れないか。
そこを、これからは選ばなきゃいけない」
シグルが、低く呟く。
「蒼月の翼より、厄介だな」
「ええ」
私は苦笑する。
「善意を装った刃は、
見えにくいから」
窓の外、港の灯りが増えている。
小さな火が、いくつも。
それを見つめながら、私は思う。
この領地は、もう“辺境”じゃない。
狙われる価値を、持ってしまった。
だからこそ──
次に試されるのは、“選択眼”。
誰と組み、
誰と距離を取り、
誰を守るのか。
領主として、
本当の意味での試練が、
ここから始まるのだった。




