第65話『残った者たちの火──揺るがぬ中心』
港と市場の再編を前倒しすると決めてから、領地は一気に慌ただしくなった。
人の動き、物の流れ、仕事の割り振り。
すべてが連動して変わる。
混乱が起きないはずがない。
それでも、私は止めなかった。
「空白を作るな」
その一言を、何度も自分に言い聞かせる。
朝の市場。
仮設の掲示板には、新しい配置図と作業予定が貼り出されていた。
人々は足を止め、眉をひそめ、あるいは腕を組んで見入っている。
「……仕事、増えてねぇか?」
「でも、港の倉庫が一つ、こっちに回ってくるらしいぞ」
「王都の商人抜けた分、穴埋めってことか」
不満と期待が、入り混じった声。
それでいい。
沈黙より、ずっといい。
「レティシア様」
ガイルが隣で、低く言った。
「反発、出てます。
特に、古株の商人連中」
「分かってる」
私は頷いた。
「でも、完全に拒否してるわけじゃないでしょう?」
「ああ。
様子見だな」
それで十分だ。
その日の午後、港の臨時事務所で会合を開いた。
集まったのは、商人、船頭、職人。
そして──若い顔ぶれ。
「……正直に言います」
私は、最初にそう切り出した。
「この再編は、楽じゃない。
不便も、不満も出る」
視線が集まる。
「でも、空いた場所を放っておけば、
そこに入り込むのは“仕事”じゃなく、“影”よ」
ざわり、と空気が動いた。
「仕事がある限り、人はここに立つ。
立つ場所がある限り、奪われにくくなる」
一人の若い船頭が、手を挙げた。
「……失敗したら?」
まっすぐな目だった。
「俺たちが、全部背負うことになる」
私は、目を逸らさず答えた。
「失敗したら、私が責任を取る」
即答だった。
「でも、成功したら──
ここは、誰にも簡単に壊せない場所になる」
沈黙。
そして、小さな頷き。
「……やってみます」
その一言が、火種になった。
会合のあと、リュシアンが静かに言う。
「残る者たちが、はっきりしてきましたね」
「ええ」
私は答える。
「恐怖で離れた人もいる。
でも、覚悟で残った人もいる」
シグルが、港を見下ろしながら呟いた。
「蒼月の翼は、ここを“揺らす”つもりだった。
だが……」
「逆に、芯が見えた」
彼は小さく笑った。
夕刻、倉庫跡地で、簡易な作業場が立ち上がった。
即席でも、人が集まり、手を動かすと、空気が変わる。
ミレーヌが、少し嬉しそうに報告する。
「皆……忙しそうです」
「それが、一番よ」
私は微笑んだ。
忙しさは、希望の形でもある。
夜、屋敷に戻ると、一通の報告が机に置かれていた。
他領からの書簡。
“再編の成果を見たい”という、視察の打診。
「……来たわね」
王都でも、影でもない。
“周囲”が、こちらを見始めている。
ガイルが言う。
「これ、うまく使えば──」
「ええ。
孤立は、しない」
私は書簡を閉じ、立ち上がった。
失ったものは、戻らない。
去った人も、追わない。
でも、残った者たちの中に、
確かな火が灯り始めている。
それは派手じゃない。
静かで、小さい。
けれど──
風に吹き消されない火だ。
私は、その中心に立つ。
領主として。
選び続ける者として。




