第61話『波紋の広がり──“公開”が生む光と影』
拍手が収まったあとも、広場には熱が残っていた。
人々は互いに顔を見合わせ、何かを確かめ合うように小声で話している。
不安が消えたわけじゃない。
でも、恐怖だけが支配している空気でもなかった。
私は台から降り、群衆の中をゆっくり歩いた。
逃げない。
近づく。
それだけで、視線の質が変わる。
「領主様……本当に、王都と喧嘩するつもりなんですか?」
年配の男が、恐る恐る聞いてきた。
「喧嘩はしないわ」
私は立ち止まり、はっきり答える。
「でも、従うだけもしない」
男は少し考え込み、やがて頷いた。
「……そうですか。
なら、俺たちも覚悟を決めねぇとな」
その言葉が、胸に落ちた。
屋敷へ戻る途中、ガイルがぼそりと呟く。
「正直、あそこまで言うとは思わなかった」
「後悔してる?」
「いや」
彼は即答した。
「腹は括った。
ただ……これで完全に目ぇ付けられたな」
「ええ。王都にも、蒼月の翼にも」
リュシアンが歩きながら言う。
「ですが、同時に“味方の輪”もはっきりしました。
曖昧だった者たちが、立場を選び始めています」
それは、良い兆しでもあり、危険な兆しでもある。
「分断が、表に出るということね」
その夜、早速“波紋”は現れた。
執務室に戻ると、ミレーヌが慌てた様子で待っていた。
「レティシア様……
商業区の組合長から、抗議文が届いています」
「内容は?」
「“財務の公開は、商取引の自由を侵害する”と……」
思わず、苦笑が漏れた。
「予想通りね」
透明化は、都合の悪い者を必ず炙り出す。
「返答はどうする?」
ガイルが聞く。
「公開の範囲を、再度明確にする。
個々の商談や利益までは踏み込まない。
でも、“公共資金”は例外なし」
リュシアンが頷く。
「線引きを誤らなければ、支持は維持できます」
そのとき、扉が軽く叩かれた。
「入れ」
入ってきたのは、シグルだった。
いつもの落ち着いた表情だが、目だけが少し鋭い。
「王都が動いた」
空気が、引き締まる。
「どういう動き?」
「公式には“静観”。
だが裏で、君の領地に関わりの深い貴族たちへ、圧をかけ始めている」
「切り崩し、ね」
「そう。
直接君を叩けないから、周囲から削る」
私は机に手を置き、考える。
「なら……こちらも、周囲を固める」
「具体的には?」
「他領との連携を進めるわ。
成果を共有して、“孤立していない”ことを示す」
ガイルが口笛を吹いた。
「攻めるなぁ」
「守るためよ」
そのやり取りを聞いていたシグルが、少しだけ微笑んだ。
「……君は、本当に領主になった」
「今さら?」
「いや」
彼は首を振る。
「“覚悟”の話だ」
その言葉に、胸の奥が静かに鳴った。
夜更け、ひとり執務室に残る。
灯りの下、公開用の文書に目を通しながら、ふと思う。
ここまで来たら、もう後戻りはできない。
でも──不思議と怖くはなかった。
恐怖よりも、責任の重さの方が、はっきりしている。
窓の外では、警備の足音が規則正しく響いている。
守られている、という実感。
「……大丈夫」
小さく呟く。
影は、まだ動く。
王都も、静かに牙を研いでいる。
それでも、光はもう隠れない。
この領地は、少しずつ“選ばれる側”になっている。
私は筆を取り、次の指示を書き始めた。
戦いは、始まったばかりだ。
でも──これは、私が選んだ戦いなのだから。




