第6話『契約の条件──黒衣商人の罠と、騎士の怒り』
翌朝。
ローデン領の空は、薄い霧に包まれていた。
私たちの前に立つのは、黒衣商会の代表・リュシアン。
黒の外套に金の瞳、相変わらず掴みどころのない笑みを浮かべている。
「さて、レティシア嬢。契約を結ぶ前に、少し“確認”をさせてもらおう」
「確認?」
「商人というのは、利益を嗅ぎ分ける生き物だ。
この地が本当に価値ある場所かどうか――自分の目で確かめたい」
そう言って、彼は指を鳴らした。
背後から、十数人の男たちが荷車を押して現れる。
中には、見覚えのある木箱が積まれていた。
「これは……!?」
「王都からの残留在庫だ。売れ残りの不良品を少しばかり持ってきた。
これを“利益に変える方法”を見せてみろ。成功したら契約成立だ」
(……完全に試されてる!)
隣でガイルが剣の柄に手をかけた。
「レティシアをからかっているのか? そんな不誠実な契約――」
「待って、ガイル」
私は彼の手をそっと押さえ、にっこり笑った。
「いいですわ。やってみましょう」
「おい、しかし――」
「試されるのは慣れてますの。前職でも“無茶ぶり”は日常茶飯事でしたから」
木箱の中を確認すると、錆びた農具、壊れたランタン、汚れた布地……。
確かに、まともに売れるものは一つもない。
(けれど――“使い道がない”とは限らないわ)
私はすぐにスキルを発動。
【生産効率最適化:リサイクルモード】
光が箱の中を包み、ガラクタが一瞬で整形されていく。
錆びた農具は軽量化された最新型に。
汚れた布は、艶のあるハーブ染めの布地に生まれ変わった。
そして、壊れたランタンは――。
「……魔光ランタン? しかも、火ではなく魔石で光るとは」
リュシアンの目がわずかに細まる。
「ええ。辺境では油が貴重ですから、魔石を光源にした方が効率的ですの」
さらに私は、染め布を束ねて持ち上げた。
「これは、“ローデン布”として輸出しましょう。
王都の貴婦人たちは、珍しい色と香りに弱いですから」
「ほう……商品化まで考えているとは」
リュシアンが口の端を上げた。
数時間後、交易拠点の即席市場。
リュシアンが用意した見物人――つまり、試験官のような商人たちを前に、私は商品を並べていた。
「こちらが“ローデンの光”! 夜でも安全に作業ができる魔光ランタンです!」
「こちらの“ハーブ染め布”は、防虫・防湿・香気効果付き! 寝具にも服にも最適です!」
人々の興味が集まり、あっという間に即売。
たった数時間で完売してしまった。
「……信じられん。あの不良在庫がここまで売れるとは」
「噂通り、“奇跡の令嬢”だな」
ざわめく商人たちの声を背に、リュシアンがゆっくりと拍手した。
「見事だ。俺の負けだな」
「ふふ、勝負だったのですか?」
「商人はいつだって勝負だ」
リュシアンは懐から契約書を取り出す。
「黒衣商会は、ローデン領との交易を正式に開始する。
ただし――条件がある」
「条件?」
「“次の季節祭”までに、ローデン領の商品を王都の商業街で認めさせろ。
成功すれば利益を分け合う。失敗すれば、契約破棄だ」
(王都……つまり、王子とあのミリアのいる場所)
「……ずいぶん大胆な条件ですわね」
「ビジネスに安全策などない。お前ならできるだろう?」
リュシアンの金の瞳が、まるで私を試すように光った。
「ええ。受けて立ちますわ」
交渉が終わり、帰路につく馬車の中。
ガイルはずっと黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。
「……無茶をしすぎだ」
「うふふ、そんなことありませんわ。楽しかったですもの」
「お前が傷つくのを見たくないんだ」
「え……?」
思わず息をのむ。
ガイルの灰色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめていた。
「……すまん。言いすぎた」
「いえ……ありがとう、ガイル」
その瞬間、馬車の外で雷鳴が響いた。
どこか遠くで、不穏な風が吹き始めている。
(王都の“次の季節祭”。きっと、嵐の幕開けになる――)




