第56話『守る者と、試される覚悟──静かな夜の決意』
応接室に残った沈黙は、昼間の騒ぎが嘘のように重かった。
シグルの言葉が、まだ空気の中に漂っている。
「ずっと会いたかった」
その一言が、胸の奥で何度も反響していた。
私はゆっくりと息を整え、視線を上げる。
「……シグル。
あなたの話は分かったわ。
でも、一つだけ聞かせて」
銀色の瞳が、静かにこちらを向く。
「あなたは、私を“守る”と言った。
それは、私の意思より優先されるもの?」
一瞬、空気が張りつめた。
ガイルは腕を組み、リュシアンは息を詰めて成り行きを見守る。
ミレーヌでさえ、手を握りしめていた。
シグルはすぐには答えなかった。
ほんのわずか、目を伏せてから口を開く。
「……いいや」
その声は、驚くほど穏やかだった。
「私は、君を“閉じ込める盾”になるつもりはない。
君が前に進むなら、その一歩先で刃を受けるだけだ」
胸が、少しだけ軽くなる。
「命令されれば従う兵でも、
運命を決める神でもない。
私はただの“選択肢”だよ、レティシア嬢」
その言葉に、ガイルが小さく鼻で笑った。
「……その割に、厄介な存在感だな」
シグルは肩をすくめる。
「それは否定しない」
場の空気が、ほんのわずか和らいだ。
私は立ち上がり、窓の外を見た。
夜が降りてきて、港の灯りが点々と揺れている。
あの白い船は、今は静かに停泊していた。
「影の騎士団……蒼月の翼……」
口に出すと、現実味が増す。
「つまり、これからは“表の敵”だけじゃない。
この領地の中にも、まだ潜んでいる可能性があるのね」
リュシアンが頷いた。
「ええ。
今日の刺客は、末端でしょう。
本命は、もっと巧妙で、もっと近い」
ミレーヌが不安そうに言う。
「……私たち、疑い合うことになりませんか?」
その言葉に、私は首を振った。
「いいえ。
疑うのは“人”じゃない。
“行動”よ」
全員の視線が集まる。
「誰かを疑うことから始めたら、
この領地は内側から壊れる。
だから、これからは全てを“仕組み”で管理する」
ガイルが眉を上げた。
「仕組み?」
「ええ。
倉庫の管理、物資の流れ、警備の交代。
誰か一人が握らないように、全部分散させる」
前世の知識が、自然と頭の中で形になる。
「チェックと記録を増やす。
透明にすれば、影は潜めなくなる」
シグルが小さく息を吐いた。
「……やはり、君は“面白い”」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
私は振り返り、全員を見渡した。
「この領地は、私だけのものじゃない。
だから、私一人で決めない」
一拍置いて、続ける。
「シグル。
あなたには“外”を見てほしい。
影の騎士団の動き、王都の気配。
ここに届く前に、察知できるように」
彼は即座に頷いた。
「了解した」
「ガイル。
警備体制を再編して。
信頼できる者を軸に、巡回を増やす」
「任せろ」
「リュシアン。
内部の調査はあなたが指揮を。
ただし、追い詰めすぎないで」
「……承知しました」
それぞれが役割を受け取り、空気が引き締まる。
最後に、私はミレーヌを見る。
「あなたは、今まで通り私のそばに。
でも……無理はしないで」
ミレーヌは少し目を潤ませて、深く頷いた。
「はい、レティシア様」
全員が部屋を出ていき、
最後に残ったのは、私とシグルだけになった。
夜の静けさが、二人の間に落ちる。
「……怖いかい?」
唐突に、彼が聞いた。
私は正直に答える。
「ええ。
でも、それ以上に──
奪われる方が、もっと怖い」
彼は一歩下がり、丁寧に頭を下げた。
「なら、私はここにいる。
君が奪われないように」
その仕草は、臣下の礼にも、騎士の誓いにも見えた。
胸の奥が、静かに熱を帯びる。
夜は、まだ始まったばかりだ。
影も、敵も、すぐには消えない。
それでも私は知っている。
守られるだけの存在では、もうない。
守る者たちと並んで、前へ進む覚悟を──
私は、もう選んだのだから。




