第55話『シグルが告げる“真相”──隠された名と、黒幕の影』
高台裏の騒ぎが収まったあと、私たちは急ぎ屋敷へ戻った。
負傷者はいなかったものの、空気は張りつめたままだ。
ガイルは警戒態勢を強め、リュシアンはミレーヌを庇うようにそばを離れない。
そして──私の隣には、当然のようにシグルが歩いていた。
白いコートの裾が風に揺れ、彼の紺髪は夕方の光を受けて鈍く光っている。
危険な香りがするのに、なぜか目を離せない。
屋敷の応接室へ入ると、ガイルがすぐに扉を閉めた。
「さて、話してもらおうか。
あんたが言っていた“別の勢力”ってやつをよ」
ガイルの言葉に、シグルは静かに頷いた。
「わかった。
レティシア嬢の前で隠す意味もないからね」
少し間を置き、シグルは淡々と語りはじめた。
「君を狙う勢力の名は──
“蒼月の翼”」
蒼月──。
どこかで聞いた気がするのに思い出せない。
シグルは続ける。
「政府にも正式な資料が残らない、いわゆる“影の騎士団”。
表向きは解体されたことになっているが……
実際は、形を変えて生き残っている」
ガイルが眉をひそめる。
「……影の騎士団?
そんなもの、百年前の反乱で消えたはずだろ」
「そう思われているだけだよ。
実際には、いくつかの貴族が資金を流し、密かに継続させていた」
シグルの瞳が冷たく光る。
「そして、その“資金源”のひとつが──王都のエクレール家だ」
息が止まった。
「……嘘よ。
だって私、そんな話……」
「知らなくて当然だ」
シグルはやわらかな声で返す。
「君は、“表”の娘として育てられたんだから」
胸の奥がざわめく。
表の娘。
つまり──裏がある、ということ?
リュシアンが口を開いた。
「シグル。
レティシア様は“表”の娘とは、どういう意味だ」
シグルは私を見つめたまま、言葉を選ぶようにして話した。
「エクレール家には“二つの家系”があった。
ひとつは国に忠誠を誓う正統な血脈。
もうひとつは、影の騎士団に関わった裏の血脈」
私は喉が乾いて、声が出ない。
「レティシア嬢。
君は“正統”の娘だ。
だが──」
彼は視線を落とした。
「君の父親は、裏の血脈を完全に断ち切ろうとした。
だからこそ次々と反発を受け、
そして……君は王都で“敵”を作った」
その言葉が胸に突き刺さる。
「じゃあ……
王子が私に冷たかったのも、
周囲がいじめを黙認していたのも……
全部……」
「君のせいじゃないよ」
シグルの声は、驚くほど柔らかかった。
「すべては“血脈を消したい者たち”が作った構図だ。
そして彼らは、今も君を完全に消したい──
そういう連中だ」
ガイルが低く唸る。
「なるほどな。
連中にとっちゃ、レティシアは邪魔なんだ。
裏の血脈からすれば“嫌われ者の正統後継者”。
消したくて当然だろう。」
私は拳を握りしめた。
「……でも、私は領地をよくしたいだけ。
誰も傷つけてないのに、どうして……!」
シグルはわずかに眉を寄せた。
「それが理由だよ」
「え……?」
「影の騎士団を支援していた貴族たちは、
“この国が混乱してくれる方が都合がいい”。
だが君は、辺境を立て直し、民の支持を集めている。
君の存在は、彼らの“計画”の邪魔なんだ」
私は言葉を失った。
そんな理由で?
国をよくしようとすることが、そんな脅威だと言うの?
ガイルが急に椅子を蹴りそうな勢いで立ち上がった。
「ふざけんな……!
そんなやつらに、レティシアを渡せるわけねぇだろ!」
シグルは静かに頷いた。
「だから私はここへ来た。
君を守るために」
一瞬、部屋の空気が変わった。
ミレーヌが慎重に尋ねる。
「なぜ……そこまでレティシア様に?」
その問いに、
シグルは初めて“目を細めて笑った”。
「理由は二つある」
銀の瞳が、まっすぐ私を射抜く。
「ひとつは──
私がかつて仕えていた“主君”が、
『エクレール家の正統を守れ』
と命じたからだ」
胸が跳ねる。
主君……?
主君って、誰?
シグルは続ける。
「そしてもうひとつは……
個人的な理由だ」
室内の空気が止まる。
「私は、レティシア嬢。
あなたに──」
銀の瞳が熱を帯びた。
「ずっと会いたかった」
鼓動が跳ねる。
耳まで熱くなる。
ガイルが微妙にむっとした顔になる。
リュシアンは眉をひそめ、ミレーヌは固まっている。
私だけが、どう返していいか分からなかった。
シグルはゆっくり立ち上がり、片膝をついて私と同じ目線に。
「だから私はここに来た。
君の敵を排除するためにね」
その声は、どこまでも静かで、どこまでも強かった。
心の奥が揺れる。
彼の言葉は、恐ろしくもあって、
同時に、どこか安心を呼ぶような──
そんな不思議な力を持っていた。
ただ、ひとつだけ分かった。
この男が現れたことで、
私の世界は完全に“別の段階”へ移った。
そして──
私達の影の騎士団との戦いは
もう後戻りできないところに来てしまったのだ。




