第51話『霧の翌朝──沈黙の会議と、暴かれる“裏の名簿”』
夜襲とも偵察ともつかない“影”が村に現れた翌朝、空はやけに澄んでいた。
まるであの霧が嘘だったかのように、青が広がっている。
……だけど胸の奥は晴れない。むしろ、あの静けさが不気味だった。
私は予定より早く執務室へ入り、資料を整えた。
今日の協議会は、ただの情報共有じゃない。
“内側の洗い出し”が必要になる。
ガイルは朝から警備隊の配置を見直していた。
リュシアンは夜の残滓をまとったような目で、桟橋の航路表を睨み続けている。
「朝から重い顔ね」
私が軽く声をかけると、彼は苦笑した。
「重い話しかないからな。でも、ひとつ面白いものが見つかった」
彼が机に置いたのは、昨夜、南倉庫で見つけた羊皮紙の束だった。
しかし表紙がめくれ、裏に別の紙片が仕込まれている。
「隠しページ……?」
「そのまんまだ。倉庫に放置された紙じゃない。誰かが“後で取りに来る用”に挟んだんだろう」
中を開くと──
そこには貨物番号ではなく、人名の羅列があった。
商人の名。
職人の名。
旅人の名。
その横には、見覚えのない印と数字。
ガイルが眉をひそめた。
「……この数字、金額じゃないな。頻度か?」
リュシアンが指でなぞるように読む。
「“借り”だな。裏取引に協力した回数か、接触した回数か。
要するに──内部の“協力者名簿”だ」
思わず息を飲んだ。
村の誰かが関わっている可能性。
それは昨日、霧の中で影が消えた理由にも繋がってしまう。
「まさか、内部に案内役が……」
その時。
扉がノックされ、協議会の議員の一人──穀物組合の代表、コーラルが入ってきた。
顔が青い。明らかに怯えている。
「レ、レティシア様……その、急ぎで、お伝えしたいことが……」
「どうしたの?」
彼は震える手で一枚の封筒を差し出した。
封は切られ、中に短い手紙が入っている。
『裏切り者は、もっと近くにいる。
動くなら、今日だ。
夜まで待て。
南倉庫には行くな。』
差出人はない。
ガイルは即座に周囲を確認し、扉を閉めた。
「誰が持ってきた?」
「い、家の扉の下に……朝起きたら……!」
コーラルは必死だった。
その怯え方は、とても芝居には見えない。
リュシアンが手紙を光に透かした。
「筆跡が一定じゃない。偽装して書いたな。
でもこれ、“内部の動きを知ってる人間”の書き方だ」
内部。
つまり──名簿に載っている誰かか、それを監視している別の誰か。
「……今日、何が起きる?」
思わず口にしていた。
その瞬間、外で大きな声があがった。
「レティシア様ーっ! 市場で騒ぎです!
複数の商人が“連盟の船が来るから商品を隠せ”って言い出してます!!」
リュシアンが鋭い声を上げた。
「仕掛けてきたな……!」
ガイルが立ち上がり、窓から外を見る。
市場の方角に、人の波がざわついているのが見えた。
「動揺を広げる気だ。
“内部に協力者がいる”って噂を流せば、村は疑心暗鬼に沈む。
それが連盟側の狙いだ」
私は深く息を吸い、資料を机に置いた。
「……行きましょう。市場へ。
不安が広がる前に、必ず止める」
ガイルは短く頷き、剣の柄に手を置く。
リュシアンも足早に後ろについた。
協議会メンバーも慌てて後を追う。
市場へ向かう道。
人々が何かを囁き合い、怯えたようにこちらを見る。
“内部に裏切り者がいるらしい”
“南倉庫に近づくなって手紙が回ったらしい”
“船がまた来るって……”
噂は、火より速く広がっていた。
それでも私は一歩前に出て、声をあげた。
「聞いて。落ち着いて。
確かに“影”は来た。でも──
村はまだ無事よ」
ざわりと空気が揺れた。
誰もがこちらを見ている。
その視線を正面から受け止めながら、私はつづけた。
「裏切り者探しなんて、連盟の思う壺。
私たちは、事実だけを見て動く。
今日の市場は通常通り開きます。
商品は隠さないで。
取引も止めないで」
沈黙。
……けれど、一人の職人見習いが手を上げた。
「レティシア様……俺たち、信じていいんですか?」
「ええ。
だってこの村を一番知ってるのは──あなたたちよ」
少しの間。
それから、誰かが息を吐いた。
そして市場のあちこちで、ぎこちなく店を開く音が戻っていく。
油を差す音。陳列台を整える音。
普段の生活が、ゆっくりと息を吹き返す。
……が。
リュシアンが私の横に寄り、小さく囁いた。
「レティシア。
名簿、見たか?」
「ええ。見たわ」
「名前の中に……ひとり、“知ってるやつ”がいた」
息が止まりそうになった。
リュシアンの目は、普段より冷えている。
「まさか……誰?」
「まだ確証はない。
でも──
今日、そいつは絶対に動く」
市場のざわめきの中、風が強く吹き抜けた。
なんだか村全体が、その影に気づかず震えているように思えた。
嵐はもう、入口まで来ている。
そして内部の誰かが、その扉を開けようとしていた。




