第5話『初めての交易と“黒衣の商人”──裏切りの予感、そして出会い』
ローデン領が再生を始めてから、二週間が経った。
畑は広がり、村には笑顔が増えた。
だが――物資の不足だけは、まだ深刻だった。
「小麦も野菜も育ってきましたが、塩や布、鉄器が足りませんわね」
私の言葉に、ガイルが頷く。
「だからこそ、明日“交易路”を再開する。
隣領グランツとの取引が上手くいけば、物流が戻るかもしれん」
「交易……つまり、商人との交渉、ですね」
「そうだ。お前の交渉力に期待している」
「まさか……私に営業をさせるつもりですの?」
「元OLだったのだろう?」
「ぐっ……! それを言われると否定できませんわ!」
(営業職ではなかったけれど、取引先への資料作成やプレゼンは散々やったっけ……。
まさか異世界で使う日が来るなんて!)
翌朝。
まだ朝霧が残る中、私たちは街道を南へ向かった。
木製の荷馬車には、試作品として作った“ローデン特産のハーブオイル”と“改良型工具”が積まれている。
道中で出会った村人が手を振ってくれた。
「レティシア様、気をつけて!」「うちの野菜も持ってってくだされ!」
その声援に手を振り返しながら、胸がじんと熱くなる。
(この人たちのためにも、絶対に成功させなきゃ!)
昼過ぎ、私たちはグランツ領との境界にある交易拠点へ到着した。
そこには、十数人の商人たちが荷車を並べている。
だが、彼らの視線は冷たかった。
「……あれがローデン領の“追放令嬢”か」
「噂じゃ、チートで土地を甦らせたとか?」
「信じられるか、そんなおとぎ話」
(うんうん、偏見MAXですね!)
ガイルが前に出ようとした瞬間、私は手で制した。
「いいんですわ、ここは私に任せてください」
「お初にお目にかかります。ローデン領領主代理、レティシア・アーベントハインと申します」
にこやかに挨拶すると、商人たちの視線が少しだけ和らぐ。
私は荷車を指し示した。
「こちらは、ローデン領の新製品“ハーブオイル”と“改良型工具”です。
香りは強すぎず、虫除け効果もあり、保存性抜群。
そしてこちらの工具は、誰でも使える軽量型。作業効率が五倍になります」
ざわっ、と場がざわつく。
商人たちが手に取って品を確かめ始めた。
「……確かに品質がいい。」「これは売れるかもしれんな」
順調――そう思った、その時だった。
「だが、信用がないな」
低い声が、群衆の奥から響いた。
そこに立っていたのは、一人の男。
黒い外套に帽子を深くかぶり、片手には商人証。
ただ者ではない雰囲気。
「“奇跡の土地”とやらが本当なら、俺の目で確かめてやる。
黒衣商会のリュシアンだ。契約の交渉は、俺が相手をしよう」
「黒衣商会……!」
ガイルが小声で息をのむ。
(知ってる、この名前……。ゲーム内では“裏社会の取引王”として登場するキャラ。
でも、プレイヤーによっては“味方”にも“敵”にもなる、超重要人物!)
私は微笑みを崩さず、彼の前に立つ。
「ようこそ、リュシアン様。ぜひローデン領へお越しくださいませ。
百聞は一見にしかず、ですわ」
「……ほう、肝が据わってるな。いいだろう」
リュシアンは小さく笑い、帽子を傾けた。
「面白い女だ。取引の価値は、現地で確かめさせてもらう」
その夜。
宿に戻る途中、ガイルがぼそりと呟いた。
「お前、あいつを信用しすぎるな。黒衣商会は、金のためなら何でもする」
「分かっています。でも、チャンスでもあるわ」
「チャンス?」
「ええ。“裏”を抱き込むことができれば、ローデンの物流は一気に広がります」
ガイルがわずかに目を細める。
「……本当に、悪役令嬢の思考だな」
「誉め言葉として受け取っておきますわ♪」
夜空には満月。
リュシアンの金の瞳が、月明かりに妖しく輝いていた。
(この出会いが、後にローデン領を大きく揺るがすことになるなんて――
このときの私は、まだ知らなかった)




