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悪役令嬢に転生した元OL、婚約破棄で辺境追放されたけどチート生産スキルで大繁栄! 今さら戻ってこいと言われても、もう遅いですわ!  作者: 和三盆


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第45話『砂の上の約束──審議と、揺れる秤』

朝の光が屋敷の窓格子を斜めに差すころ、広場には人々が自然と集まり始めた。昨日の議論の余波はまだ残っている。公国との合意は文書として形を取り始めたが、それがすべてを解決するわけではない。人の信頼は紙一枚では動かない。だから今日は、公開の場で「協議」をする日だ――職人代表、商人代表、年寄り、見習い、そして私たち執行陣が一同に会して、合意の運用方針を議する。


私は壇上に立ち、まず静かに言葉を投げた。

「数値と約束だけでなく、運用の仕組みを皆で決めます。誰一人として取り残さないために、我々は詳しく話し合う」


壇下の視線が真剣になる。トマスが杖をつき、ロルフが腕組みをし、マルクや数名の商人が表情を引き締める。議題は多岐に渡った。基金の配分基準、納入優先の具体条件、監査の頻度と外部監査人の選定、緊急時の配給ルール。それぞれが生活に直結する。


最初に立ったのは中堅の商人、ヘルマンだった。彼は鋭い目つきで会場を見渡し、声を張る。

「我々商人は市場の回転で飯を食っている。監査や透明性は良いが、過度な拘束は物流を停滞させる。現実的なルール作りを求める」


その言葉には正しさがある。だが同時に、これまでのように見えない利得で動いてきた慣習を温存する危険もはらむ。私は冷静に応える。

「物流を滞らせず、でも不正を防ぐ。どちらも必要だ。実務レベルのルールを今日ここで骨子にしよう。具体的には“出荷チェックリスト”と“取引ログ”の二本柱を設けます。帳簿は公開され、誰でも参照できる。手間は増えるが、不正の余地を減らす」


賛否の声が飛ぶ。しかし徐々に、私の提案は細部に落ちていく。リュシアンが数字の例を示し、ガイルが配備の現実論を語り、トマスが地域慣習の尊重を訴える。議論は時に熱を帯びるが、建設的だ。誰かを叩くことが目的ではなく、日々の仕事が続くためのルールを作ることが目的だと、皆が分かっている。


昼過ぎ、論点の一つとして「外部商会の条件付き買い取り」の検討が持ち上がる。王都側の商会が提示した大口契約は魅力的だが、条件の「価格調整条項」は依然として危うい。ヘルマンがそれを握りしめ、詰め寄る。良い条件を取りたい、しかし未来を売りたくはない――その板挟みが顔に現れている。


私は静かに提案を変えた。全面拒否でも全面受け入れでもなく、「限定的試行」を行う。一定期間(六ヶ月)を区切り、公開の報告を毎月義務付け、最初の三ヶ月は価格の固定を保証する。四ヶ月目以降のみ、相場に応じた調整条項を段階的に有効化する。ただし、調整が実行される際には必ず協議会の承認を通すこと――監査の透明性を担保するためだ。商人たちは顔を見合わせ、やがて多くが頷いた。折衷案は利害を均す。


午後、屋敷に戻ると使者が立っていた。王都の小さな役人の顔色は青ざめ、手には一枚の封筒を差し出す。封筒の内側には、王都議会の暫定指示だ。封鎖の一部解除と、ローデンとの“交渉継続”を条件に、王都は監査団の派遣を約束するとある。しかし条件は厳しく、監査団には王都側の幹部が含まれるという。要するに、王都は直接の監視権を維持したい。


私はその文面を読み、指先に冷たさを感じた。外圧は収まらない。だが交渉の余地もある。私は使者を屋敷の談話室に招き、言葉を投げ返す。

「監査は歓迎する。ただし、中立の立会いを義務付け、公国と我々の代表が同席することを条件にしてほしい。監査は我々の運用の正当性を示すものだ。検査が公平なら、何も怖くない」


使者は言葉を濁すが、最終的にその案は王都へ上程されることになった。交渉は継続中だ。ここで重要なのは、私が一方的に受け入れるのではなく、相手に条件を突きつけることで主導権を保持する姿勢を示したことだ。


夕方、議論は再び市場へ戻る。最終的に、我々はいくつかの運用ルールを決定した――出荷ログのフォーマット、監査スケジュール、支援金の分配基準、買い取り試行の期間と監査付きの価格調整条件。署名はその場で行われ、各代表が印を押す。合意は紙となり、人々の手の中に戻される。紙は万能ではないが、人が守る約束としての重みを帯びる。


夜、私は二人を呼んで書斎で杯を交わす。ガイルの手は温かく、リュシアンはいつものように眉をしかめつつも満足げだ。互いに労をねぎらう短い沈黙が心地いい。だが、ささやかな安堵が訪れると同時に、私は小さな刺を感じ取った——それは城で見た顧問のわずかな動揺、商会代理の微かな目の逸らしだ。善意だけで動かない世界の現実が、静かに胸を締め付ける。


深夜近く、屋敷の門前で密やかな足音がした。護衛が静かに人影を制し、その人物が差し出したのは小さな封筒だった。中には短い文が一枚。署名はなかった。内容は簡潔だ。──「神託の館にて王都の密会が行われる。日時は三日後。出席者は貴族と商会の上位数名。あなたの“合意”は狙われている」。文は冷たく、余白にひとつの黒い印が押されていた。


私の胃が冷えた。情報は常に値打ちがあるが、根拠の薄い噂は無用な波紋を呼ぶ。だが今回の文は鋭く、ルヴェールでの顧問の動きと公会での微かな緊張を重ね合わせれば可能性が高い。リュシアンの顔が一瞬、小さく硬直する。彼は短く言った。

「出所を探る。だが同時に、我々も“出席”するべきだろう。潜入と観察。情報の場で情報を握ることが必要だ」


私は迷わず頷いた。正面での約束はできても、裏側で動く者たちがある限り、約束は脆い。三日後の夜、どのような人々が集まり、どのような取引がなされるのか。見せることと見抜くことの両方を、我々は同時に行う必要がある。


その夜、広場の灯りを見下ろしながら、私は小さく息を吐く。約束は紡がれた。だが、その実効を守るための戦いは今始まったばかりだ。ローデンの秤は揺れる。重りを置くのは、人の誠実さか、あるいは砂の上の約束なのだろうか。

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