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悪役令嬢に転生した元OL、婚約破棄で辺境追放されたけどチート生産スキルで大繁栄! 今さら戻ってこいと言われても、もう遅いですわ!  作者: 和三盆


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第43話『城下の饗宴──非公式の会談と、揺れる微笑』

東へ向かう道は思ったより軽やかだった。朝靄が消え、馬車は順調に輪を進める。屋敷を出たときの見送りは控えめだったが、村の輪郭が少しずつ遠ざかるたびに、胸の奥で何かが締まる。守るべきものがあるから旅に出るのだ——その実感は少しも薄れていない。


ルヴェール伯爵の城は丘の上にどっしりと構え、石造りの壁は朝日に鈍く光った。門前には中立の使者が待ち構えており、礼を尽くして我々を迎え入れる。城内の廊下は絨毯と古い肖像画に覆われ、非公式の訪問者を表す控えめな整え方が随所に見える。迎賓の雰囲気はあるが、硬さはない。計算された「中立」の温度だ。


伯爵の客室で待つ間、ガイルは窓の外を通る農夫たちをじっと見つめ、リュシアンは薄く笑って紙に何か走り書きをする。私は小さな布袋をテーブルに置いた。中身はローデン特産のハーブオイルと焼き菓子。贈り物は場を和らげる潤滑油であり、同時に自分たちの「持ち味」を示す名刺でもある。


やがて扉が開き、ルヴェール伯爵が静かに入ってきた。中年の紳士だが、瞳は鋭く、口元には人当たりのよい微笑が漂う。表向きの挨拶が交わされ、城主の簡単な説辞が続く。伯爵は我々を「遠方からの旅人として」扱い、会談の体裁を柔らかく整えてくれる。


会談の本題は表向きには「交易と通行」に関する相談だが、非公式とはいえ苛烈な駆け引きの場だ。伯爵はまず穏やかに語った。

「王都の動きは、こちらにも風のように届きます。貴領の自立をどう見るかは、各地で温度差があります。しかし、我々の立場は中立――とはいえ、商業が滞れば周辺も困る。互恵の道を探りたい」


彼の言葉は慎重だが、含意が深い。隣国の小領として利益を維持したい。だが王都とも利害を持つ。私たちの狙いは、この「中間」をいかに有利に動かすかにある。


非公式の饗宴は形式を重視しない。主に地元の食材を使った軽い皿が次々に出され、会話は自然と日常へと流れる。私は一つずつ皿を味わいながら、相手の反応を観察する——言葉よりも、箸先の動きや、微かな眉の上げ下ろしに真意が隠れていることが多い。伯爵は時折、妻と思しき婦人に小さな合図を送る。家族の存在が外交の尺度を穏やかにする。


食事の合間に、ルヴェール伯爵はある提案をした。

「もし貴領がこちらの道を通じた小口の供給ルートを公然と示すならば、我らはそれを貴領の“公式ルート”として記録し、周辺の領主に示す。要は『この道は公に認知されている』という事実を作ることです。そうすれば、王都側の不当な圧迫はやりにくくなる」


提案は魅力的だ。公に認知されることは外交上の盾になる。しかし、その盾は同時に伯爵の管理下に入る可能性も孕む。公にするということは、ルヴェールの名の下で行われる露出を意味しかねない。私たちは慎重に検討する必要がある。


リュシアンが静かに切り出す。

「それは名目上の保護であり、裏でルヴェールの取り分が設定されることもあり得る。条件次第だ」


伯爵はすぐにその懸念を打ち消すように説明した。取り分の強制など全く考えていない、むしろ周辺の安定が伯爵領の利益だと。言葉は流麗だが、彼の瞳の奥には計算がちらつく。交渉は進む。私は自分が守るべきものを思い浮かべながら、折衝の微妙な手を探る。


会話が一段落した頃、さりげなく別の人物が食卓に加わった。中背で柔和な表情の男。宛名が示すところによれば、王都の小さな商会から“非公式な視察”で来た代理人だという。彼は最初は穏やかに語るが、ほどなく本題に入る。「ローデンの一部産品を大口で買いたい」と。好条件を示し、義侠心と商機を混ぜた申し出に見える。


リュシアンはゆっくりとその男を見据え、そして微笑んだ。

「買い取りはありがたい。しかし条件を明確にしよう。我々は自治を守る。価格や納期は公開の場で決める。でなければ、その買い取りは受けられない」


商会の代理は一瞬たじろいだが、すぐに笑って応じる。矢継ぎ早に条件を詰める。ここでの勝負は、公開性をどれだけ担保にできるかだ。私はその場でルヴェール伯爵に提案する。

「この会談の結果を、正式文書にせずとも、第三者立会のもとで“合意文”を作り、公に示すことで、取引の透明性を確保したい」


伯爵は少し考えてから頷いた。透明性を示すことは、伯爵にとってもリスクを減らす。相互の顔が立つ。合意はその晩、形式は簡素ながらも署名と印をもって交わされた。文面は短く、「小口供給ルートに関する相互理解」と題されたものだ。公的効力はないが、ここに至るまでの工程が「証拠」として機能する。


だが、饗宴の終盤になって、別の出来事が起きる。会場の片隅で、小さな口論が始まったのだ。商会代理と、伯爵側の若い顧問が言葉を交わし、言辞は徐々に鋭くなる。リュシアンがそっと寄り、低い声で仲裁に入るが、その瞬間、顧問の手が何かを滑らせ、床に落ちた金具がカチャリと響いた。場の空気が一瞬にして張り詰める。


私は無意識に手を伸ばし、ガイルがすっと立ち上がる。外は夜の闇だが、城内は瞬時に静まり返る。顧問は俯き、そして小さく息をついた。場は収まったが、私はその微妙な崩れに気づく。言葉の端に含まれていたのは「圧力の表出」。ルヴェールは中立を演じているが、周辺の力学は確実に根を張っている。


帰路の馬車は沈黙が多かった。合意は得たが、その重さには不安が伴う。リュシアンは紙を折りたたみ、小さな紙片を私に差し出す。それは、会場で交わされた顧問と商会代理の短いやり取りの要約だ。意味は明白――商会は公的な保証よりも早く手を打ちたい。公的手続きを経る前に収益を確保したい。つまり、透明性の確保はまだ試されている。


ガイルは私の手を軽く握る。無言の温度は、今夜の沈黙を埋める。私は深く息をつき、馬車の窓越しに城の輪郭を見送る。保険はできたが安心は買っていない。だが動かなければ何も変わらない。動くことを選び、提示した合意を実効にするための準備を進めるしかない。


夜が更け、馬車は村へ向けて輪を進める。私の胸の中には、守るべき村と、今交わした一枚の文書が重く揺れている。明日からはその文書を、村のために使う作業が始まるのだ——公的な手続きと、実務の地道な積み重ねが、ローデンの名を守る実効力となるように。


灯りの消えた村のシルエットを見つめながら、私は小さくつぶやく。決断は交わされた。あとは、日々の働きと約束を果たすだけだ。風は静かだが、夜の奥で遠くの狼煙が微かに光る。その光は脅威ではなく、次の動向の合図にも思える。旅は終わらない。明日の仕事が、また誰かの糧となるのだから。

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