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悪役令嬢に転生した元OL、婚約破棄で辺境追放されたけどチート生産スキルで大繁栄! 今さら戻ってこいと言われても、もう遅いですわ!  作者: 和三盆


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第42話『影の通過点──静かな調査と、遠方の使者』

夜が明けてまだ薄暗い頃、屋敷の門から一行が戻ってきた。護衛隊は泥に足跡を刻み、息を荒げながら報告をする。北の道を通過した馬車群は、先刻の通報どおりにただ通り過ぎただけで、村には干渉していなかった。しかしその「通り過ぎた」という事実が、私の胸に小さな棘を残す。


「目印の旗は見えたか?」私は静かに訊ねる。

ガイルは首を振る。顔には眠気よりも警戒の色が濃かった。

「旗はなかった。素早く、目立たない。だが、行き先は東へ向かった。交易路の脇道を使っているようだ」


リュシアンが手にしていた小さな紙片を指で揉む。

「通過しただけというのは、情報戦の一部の可能性がある。彼らは我々の guard を観察し、反応を測った。次はもっと深い試験をしてくるかもしれない」


私は地図に手を乗せ、東へ伸びるわだちを見つめる。封鎖の夜が教えてくれたことは、相手は直接潰すよりも微妙な揺さぶりを好むということだ。今度はそれが「通過」という形で示されたのだろう。


午前は現場の聞き取りと周辺監視の強化に費やす。行商や旅人から情報を集め、馬車の通過時間、音の高さ、角の曲がり具合を細かく突き合わせる。情報は一つの織物だ。小さな糸を丁寧に結び合わせることで、全体像が見えてくる。


昼、屋敷の小さな会議室にアレン王子からの報告が届く。公国の一部商会が、ローデン製品の買い上げを継続する旨を再確認したという。だが同時に彼は付け加える。公国側にも、王都側の動きに不安を感じている勢力があり、彼らは「事情を把握したい」との声を上げている。外の世界は、我々が思うより複雑に動いている。


午後、私は市場の一角で職人と顔を合わせる。祭りの余韻はまだ漂っているが、疲労は確かにある。見習いたちの手が赤くなっているのを見て、私は即席の休養計画を実施するよう指示した。小さな治療と温かいスープ。それが気持ちを安定させる。


その時、若い行商の娘が駆け込んできた。息が切れ、顔は土で汚れている。彼女の名はリサ。表情は硬いが目は真剣だった。

「レティシア様、東の山道で変な動きがありました。小さな野営があって、夜中に何かを分配していたようです」


私はすぐにその方向を指さす。食い下がるような声で、彼女は細かな観察を続ける。見張りの女性が黒い布を被っていたこと、おそらく外部の商人ではなさそうな人々の集まりだったこと、そして焚き火の周りに幾つかの袋が積まれていたこと。情報は断片でも、組み合わされば意味を持つ。


夕方、私たちは少数の護衛と共に現場へ向かった。林の縁に近い小道を進むと、確かに焚き火の跡と、急ごしらえの野営跡が残されている。袋は一つ残され、周囲には靴跡が複雑に絡んでいた。近くには小さな支援物資の配布痕があり、そこに残された紙切れには簡単な符牒が走っている。符牒は見覚えがある――先の買付けで使われたものと酷似している。


リュシアンが鼻を鳴らす。

「連盟側の動きの一部だな。だが不思議だ。ここで配るということは、彼らは“下方への浸透”を試みている。直接買うのではなく、小口で分散して信頼を買おうとしている」


私は唇を引き結ぶ。策略は巧妙で、対処もまた慎重でなければならない。過度に露呈すれば、相手は撤退してさらに巧妙な形に変化する。だが放置すれば、村はじわじわと浸蝕される。


夜、屋敷に戻ると正装をした使者が到着した。外見は丁寧で、装いも清い。使者は名乗る――「ルヴェール伯爵の使者」。彼は隣国の小さな公爵領の代表で、表向きは通商の打診を持ってきたという。彼の口調は緩やかで、目は誠実そうに見える。だが目は観察を怠らない。


会話の中で、彼はふと核心に触れる。

「あなた方の領は最近、興味深い成長を遂げています。近隣の領主たちは警戒しています。わたしは中立の立場から、仲介と保護の可能性を探りにまいりました」


その言葉は丁寧な衝撃だった。中立の仲介は、どんな時でも魅力的に見える。私たちが抱える問題は、外からの圧力だけでなく、周辺領邦の目も気にかけねばならないという現実を改めて示す。ルヴェールの使者は更に続ける。

「もしよろしければ、近い内に当方の城で非公式な会合を持ちませんか。顔を合わせて話すことで、誤解を減らせるかもしれません」


提案は慎重に受け止めるべきだ。交流は信頼の道だが、油断は禁物だ。ガイルは即座に警告を示す。

「ルヴェールは昔から王都と利害衝突があった。この申し出は表情が柔らかいが、裏の利益を探ることは十分考えられる」


リュシアンは考えを巡らせ、やがて微笑む。

「だが、情報を得る最大の機会でもある。公的な場でなく、非公式の会合ならば、相手の腹を読むことが出来る。俺は同席してもいい。だがガードは万全に」


私はしばらく黙って考え、最後に短く答えた。

「行きましょう。ただし一人では行かない。ガイル、リュシアン、そして数名の秘匿使を伴う。公的には“交易についての下見”という体裁をとる。宴席ではなく、むしろ観察が目的だと明確にする」


使者は深く礼をして去る。夜の風が窓を震わせる。私はふと、幼い頃に聞いた故事を思い出す――人は遠方の友を得るとき、自分の家の戸締まりを二重にするものだ、と。政治はいつだって信用と警戒の綱引きだ。


深夜近く、リュシアンとガイルと簡潔な準備を整える。護身と礼節を両立させるための装い、持ち物の用意、そして秘匿のルート。私たちは国境を越える小さな使節団だ。明朝には出立する。車輪が回り始める前の静けさは、いつも頭が冴える。


寝床に入る前、ガイルが枕元で小さく囁く。

「遠方は危険だが、お前と行くなら心強い」


私は微笑み、彼の手を握る。彼の手の温もりが、夜の緊張を一瞬だけ薄める。明日は遠方の城で、非公式の言葉が交換される。そこで得るものは友好か軋轢か。だが私には決めたことがある。ローデンの灯を消さないこと――それだけは揺るがない。


朝はすぐ来る。馬車の軋み、荷物の準備、見送りの声。小さな使節団は静かに屋敷を出て、東の空へ向かう。後ろに残る村の輪郭は、いつもより確かに見える。守るべきものがあるから、私たちは進む。

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