第4話『辺境の奇跡!? 王都に広がる“豊穣の噂”と不穏な影』
「すごい……! 本当に、芽が出た!」
小さな少女の声が、夕暮れの畑に響いた。
柔らかな風に揺れる若葉。
昨日までは荒地だった場所が、今では一面の緑で覆われている。
私はその光景を見つめながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
(ここまで、ほんの数日。……それでも、人は笑えるようになるんだ)
領民たちは皆、泥だらけの手で鍬を握り、笑顔で働いている。
お互いを助け合い、声をかけ合い、少しずつ“村”が戻ってきていた。
「レティシア様、本当にありがとうございます!」
老農夫のトマスが深く頭を下げる。
「わしら、もう駄目だと思ってました。でも……また、希望が持てる」
「こちらこそ。皆さんの力があったからこそ、ここまで来られたんです」
そのとき、背後から低い声が聞こえた。
「……王都に、報告を出すべきだな」
振り向くと、ガイルが腕を組んでこちらを見ていた。
「この奇跡のような復興、いずれどこかで噂になる。ならば、こちらから正式に伝えた方がいい」
「……なるほど、確かに。でも“奇跡”って言われると少し照れますわね」
「いや、実際奇跡だ。俺が十年見た中で、こんな緑は初めてだ」
ガイルの声には、珍しく柔らかい響きがあった。
そしてその眼差しに、ほんの少しの――敬意が宿っているような気がした。
(あら、ちょっとドキッとしたかも……? いえ、勘違い勘違い!)
その夜。
焚き火のそばで、私は王都宛ての報告書をしたためていた。
――ローデン領、再生の兆しあり。
――作物の成長速度、異常な向上。
――領民の生活安定。
けれど、書きながらふと胸がざわつく。
(この報告、王都が“素直に喜ぶ”とは限らない……)
そう、乙女ゲーム『フローラル・メモリーズ』の記憶が警鐘を鳴らしていた。
王都では、王子エドワードとヒロイン・ミリアが結ばれる「幸福エンド」の裏で、
私――悪役令嬢レティシアの“失墜”によって権力を得る者たちがいたのだ。
(あの連中が、私の成功を許すわけない……)
一方その頃、王都・王宮。
「なに? ローデン領が……豊かになっているだと?」
黄金の髪を揺らしながら、王子エドワードが眉をひそめた。
報告書を手にした宰相補佐が頷く。
「はい、殿下。追放されたレティシア様の領地が、短期間で作物を実らせ、領民も戻り始めているとか。
“豊穣の地”と呼ばれ、商人たちの間で話題に……」
「ば、馬鹿な! あの女は悪役だぞ!? どうしてそんなことに――!」
隣でミリアが不安げに彼の腕を取る。
「え、エドワード様……? レティシア様って、そんなにすごい方だったんですの?」
「違う! 彼女はただの悪女だ! 俺を利用しようと――」
「ですが、事実は事実です。すでに一部の貴族が、ローデン領への投資を検討しております」
エドワードは報告書を握り潰すようにして立ち上がった。
「……許せん。俺を嘲笑うつもりか、あの女……!」
(――嫉妬。ゲームでは見られなかった、彼の“本性”が滲み出る)
同じ頃、ローデン領。
風に揺れるランタンの下で、私は村人たちと夕食を囲んでいた。
焼き立てのパン、畑の野菜スープ、そしてほんの少しのワイン。
「王都にいた頃より、ずっと美味しいですわね」
「へっ、レティシア様のスキルでできた野菜ですから!」
笑い声があふれる中、私は心の中で静かに決意する。
(王都がどう出ようと、もう怖くない。
この地には、守りたい人たちがいるから)
「レティシア、明日は交易路の再開を試みる」
「いいですわね! 次は物流改革です!」
満天の星空の下、チート令嬢と無愛想騎士の冒険は、さらに大きなうねりを迎えようとしていた。
――その足音を、王都の闇が静かに聞きつけていることも知らずに。




