第34話『三領連盟の影──揺さぶられる誇りと、静かに始まる包囲網』
朝の空気は清々しいはずなのに、その日はやけに胸の奥がざわついていた。
「レティシア様、王都方面より緊急の早馬です!」
玄関ホールに駆け込んできたエイナの声は、普段の朗らかさをすっかり失っていた。
早馬が運んできたのは、ただの噂話にしては重すぎる内容だった。
――王都東部の三つの領が“資源供給連盟”を結成し、ローデン領の交易路を締め上げる準備を始めた。
牽制どころか、これは実質的な包囲の前兆だ。
思わず息を呑んだ。
だが、その震えを隠すように背筋を伸ばすと、私は書簡を机に置いた。
「……来たわね、予想より早いけれど」
ガイルは険しい表情で腕を組む。
「狙いは、俺たちの“流通”だな。春の市場を潰しにきてる」
リュシアンは、書簡を読み終えると小さく肩をすくめた。
「しかも連中は噂まで流している。“ローデンの職人は甘やかされて育った腰抜け”だとよ」
私は一瞬だけ目を閉じる。
怒りでも屈辱でもない。
――これは“誇り”への攻撃だ。ここを折りにきた。
「行きましょう。村へ。自分たちが侮られているなんて聞いたら、見習いたちはきっと揺れるわ」
村に着くと、小さな広場には若い職人見習いが集まっていた。
鍛冶のロルフ、織物のメリッサ、木工兄弟のティオとハルト……。
どの顔も、不安と怒りの境界に立っている。
私は彼らを見回して、ゆっくりと口を開いた。
「ねえ、みんな。“甘やかされてる”って、本気で思ってる?」
ロルフが噛みしめるように言った。
「だって……向こうの大人たちがそう言ってるんです。俺たちが“半端者”だって」
「違うわよ」
私は大きく否定した。
「あなたたちが手にしているのは、“自分で稼いで、自分で未来を選ぶ力”よ。
それを軽く見る人ほど、後で一番困るの」
メリッサがはっと息をのんだ。
「私たちは鍛えてる。育ってる。
甘やかしじゃない。準備よ。
だから噂なんかに負けないで。
あなたたちの技術は、ローデンの誇りなんだから」
静かだった空気が、次第に熱を帯びていく。
ロルフが拳を握りしめた。
「……俺、絶対に辞めません。
“半端者”なんかじゃないって、証明してみせます!」
「わ、私もです!」
次々と声が上がり、広場は明るい熱気に包まれた。
ガイルが小さく笑って私に囁く。
「……やっぱり、お前が言うと違うな」
少し照れくさくて、私はそっぽを向いた。
村を後にすると、リュシアンが歩きながら低い声で言った。
「レティシア、連盟のうち一つは立場が弱い。
王都の意向にも逆らえないが、公国の資金にも色気を出している。
そこを揺らせれば、連盟は内部から割れる」
「……分断工作を?」
「向こうも仕掛けてきた。こちらもやり返すだけだ」
リュシアンの金の瞳がわずかに光った。
現実的で、冷酷にも見える策。
だけど私は理解した。
「やりましょう。うちの誇りを踏みにじろうとするなら、黙ってはいられないわ」
ガイルが剣に手を置く。
「お前の決断なら、俺が守る」
その言葉に、胸がじんと熱を灯した。
しかしその夜。
作戦準備の資料を整理している最中、エイナが再び駆け込んできた。
「レティシア様……! 連盟側が取引商人を買収しようとしている証拠が……!
それに、一部の村では物資の買い占めが始まって……!」
私はすぐ立ち上がった。
「大丈夫。対応策はあるわ」
ガイルとエイナに緊急の指示を出し、公共備蓄庫の再整備、買い占めの調査、短期的な配給調整……。
過労死寸前のOL時代に叩き込まれた“危機時の仕事術”が、ここで役に立つとは皮肉だ。
リュシアンが、肩をすくめつつも嬉しそうに笑う。
「これぞ“ローデン式内政”。早いし、丁寧だし、隙がない。向こうが焦りたくもなるわけだ」
私は地図に視線を落とす。
三領連盟の包囲網は厳しい。
けれど――突破できない壁じゃない。
夜の帳が降り、窓の外で村の灯火が揺れている。
その一つ一つが、守るべき未来の光だった。
「ガイル、行きましょう。
次の一手はこちらから打つわ」
「任せろ」
嵐は、もう目の前にある。
けれど私は、逃げる気なんて毛ほどもない。
ローデンを守る。
みんなを守る。
その覚悟は揺るがない。




