第30話『税の嵐──王都の改定案とローデンの返歌』
夜更け。王都からの使者が持ち帰った報せは、まるで冷水のように屋敷を静めた。
その文面にはこう記されていた。
「辺境からの交易品に新税を課す改定案、近日審議予定。輸出品の一部は“贅沢品”扱いに指定」
リュシアンが低く息をつく。
「“贅沢品”だと? 食料と資材を、王都の机上でそう呼ぶのか。」
彼の声には珍しく怒りが滲んでいた。
私も黙ってはいられなかった。ローデンの努力がようやく実を結び始めた矢先の、理不尽な一撃だったからだ。
翌朝、私は屋敷の会議室に領内の主要メンバーを集めた。
ガイル、リュシアン、アレン王子、工房長エイナ、商人代表のマルク、そして農村長のトマス。
冬の光が薄く差し込み、テーブルに広げられた地図の上で、影がゆっくり動く。
「王都が税を上げる理由は明白です。」
私は声を落ち着かせた。
「ローデンの繁栄が、“辺境らしくない”と見なされた。地方が力をつければ、中央は危機感を抱く。それは前世の会社でも同じでした。」
リュシアンが頷く。
「彼らは自分の秩序を守るためなら、誰の汗も犠牲にする。だが、今回は黙ってはいられないな。」
アレン王子は静かに口を開いた。
「この改定案には、王家の名も利用されています。だが、私は賛同していません。……今こそ、公的な形で“反証”を示すべき時です。」
反証――つまり、ローデンの成果を公に示すということだ。
机の上で、ガイルが拳を握った。
「戦じゃねえ。だが、これは誇りの戦いだな。」
議論の末、私たちは一つの方針を決めた。
王都に“実証報告”を提出する。
税を上げる理由が「辺境の不透明な交易」ならば、こちらは透明な会計と数値で反論する。
しかも、それをただの報告書ではなく――“見える形”で届けることにした。
「“ローデン博覧会”を開きます。」
私の提案に、全員の視線が集まった。
「王都に送るだけでは、数字のまま誤魔化される。ならばこちらから“見せに行く”。領民が作った物、育てた物、守った物。その全てを、王都の真ん中に持ち込むの。」
リュシアンが口角を上げた。
「面白い。王都の商人たちに現実を突きつけるわけか。……悪くない策だ。」
「だが費用は?」とマルクが眉をひそめる。
私は答えた。
「博覧会そのものを“市”として開くの。出店者から参加費を取り、来場者が買い物すれば、領に収益が残る。政治への抗議であり、同時に経済イベントでもある。」
アレンは微笑んだ。
「君は本当に、王都の貴族らしからぬ発想をするね。」
「貴族じゃなく、元OLですから。」
そう言うと、会議の空気が少しだけ和らいだ。
準備は過酷だった。
製品を選び、展示物を整え、物流ルートを確保する。
公国の認証を得たばかりの我々には、手を抜けない一戦だった。
数日後、ローデンから王都へ向かうキャラバンが出発した。
真新しい旗がはためく。
白地に金の麦穂――ローデン領の新しい紋章。
村人たちはその旗を見送り、子どもたちは手を振った。
出発前、ガイルが低く言った。
「お前が王都で何を言おうと、ここは守る。心配するな。」
「ありがとう。でも、私は“守り”だけじゃなく、“見せに行く”の。」
私の声に、彼の表情が一瞬柔らかくなった。
「……そうだな。お前はいつだって、前に出る女だ。」
王都到着。
久しぶりに見るその街は、かつての婚約破棄の記憶を連れてきた。
だが、私はもう怯えなかった。
あの頃の私は“捨てられた悪役令嬢”。
今は“領を率いる代表”だ。
公会堂の中央広場を借り、博覧会の設営が始まる。
布製品、保存食、魔光ランタン、染料、薬草。
ローデンで育まれた品々が整然と並び、領民や協力商人たちが誇りを込めて準備を進める。
開会の前夜、アレンが私の隣で静かに言った。
「この三年で、君は本当に変わった。かつて王城で“冷たい目をしていた令嬢”が、今は人の輪の中心にいる。」
「変わったのは、私じゃなく、居場所です。」
「……いい答えだ。」
翌朝。
博覧会の初日、王都中から商人や貴族、役人たちが集まった。
会場に立ち込める香りはローデンのハーブと穀物の匂い。
光を受けた布は柔らかく輝き、試食の列には笑顔が並ぶ。
そして私は壇上に立ち、簡潔に語った。
「ローデンは、王国の一部です。
けれど、辺境と呼ばれても、私たちは生き、働き、作り続けています。
この博覧会は、税の抗議でもあり、誇りの証明でもあります。
もし“辺境の税”を上げたいなら――その前に、この土地の努力を見てください。」
沈黙。
次の瞬間、会場の片隅から拍手が湧いた。
一人、また一人。
それはやがて波のように広がり、公会堂を満たした。
王都議会の議員たちは視察に訪れ、会場を巡る。
彼らの顔に浮かぶ表情は、思いのほか柔らかい。
数字だけでは伝わらなかった現実が、そこにあった。
その夜、リュシアンが一通の報せを持ってきた。
「議会が動いた。改定案は一時保留。再審議だ。」
私の胸から、長い息が漏れた。
勝った――いや、守り抜いた。
ローデンの努力と誇りを。
“悪役令嬢”と呼ばれた過去の自分が、ようやく誰かの役に立てた気がした。
夜空には冬の星。
博覧会の明かりが風に揺れ、遠くの人々の笑い声が微かに届く。
私はその光景を見ながら、静かに呟いた。
「ここからまた、始めよう。」
ローデンはまだ成長の途中だ。
だけど今は確かに、希望が息づいているのを私は感じた。




