第3話『領民ゼロ!? 荒野の村に笑顔を取り戻せ!』
翌朝。
屋敷の鐘が鳴るよりも早く、私は畑に出ていた。
昨日、チート鍬で耕した土地は、もう小さな若葉が顔を出している。
この調子なら、数日で収穫できるかもしれない。
「……信じられん。夜の間にここまで成長するなど」
背後で呆然と立ち尽くすのは、無愛想な騎士団長ガイル。
「ふふ、これが“生産効率最適化”の力ですわ。
私、もしかして“農業神”になれるんじゃなくて?」
「調子に乗るな。……だが、ありがたい話だ」
そう言いながらも、彼の口元はかすかに緩んでいた。
どうやら、ほんの少しだけ私を信じ始めてくれたらしい。
午前中いっぱい働き、屋敷に戻る途中で私はふと尋ねた。
「そういえば、この領地の領民はどこにいるのですか? まだ一度も見かけませんが……」
ガイルの表情がわずかに曇る。
「……この地に残っているのは、十数人ほどだ。
ほとんどの民は、飢饉と病で逃げ出した。王都の援助も途絶えて久しい」
「十数人……」
その数に、胸が痛んだ。
(王都で贅沢していた令嬢が、見下していた“辺境の民”の現実がこれ。
……私、ここで本気を出さなきゃ)
「ガイル。残っている方々に会わせてください」
「会ってどうする?」
「領民の声を聞かなければ、再生なんてできませんわ」
その日の午後、私はガイルとともに小さな村へ向かった。
村と言っても、もはや廃墟に近い。
折れた柵、朽ちた屋根、井戸の水は干上がっている。
それでも、何人かの人影があった。
年老いた農夫、病に伏せる母親、小さな子ども。
彼らは私を見ると、怯えたように後ずさった。
「……貴族様なんて、もう信じねえ。どうせ見捨てるんだろう」
「俺たちはもう、飢え死にを待つだけだ」
厳しい言葉。でも、責める気にはなれなかった。
私はそっと膝をつき、泥だらけの少年の目線に合わせて言った。
「……もう、誰も飢えさせません。
この地を、必ず豊かにしてみせます。だから、少しだけ力を貸してくれませんか?」
少年はきょとんとした顔をしたあと、ぽつりと呟いた。
「……ほんとに?」
「ほんとですわ。だって、わたくしチートですもの♪」
ガイルが後ろで頭を抱えた。
「貴族が“チート”って言葉を使うな……」
けれど、少年は笑った。
その笑顔は、乾ききった土地に初めて降った雨のように、まぶしくて温かかった。
それからの数日は、まるで嵐のように過ぎた。
私はスキルを駆使し、井戸を浄化。
村の川を再ルート化して水を引き、土壌を改良。
腐った食料庫を修復し、ガイルの協力で小麦畑を拡張。
「信じられん……あの畑、昨日よりまた広がっている」
「努力と最適化の相乗効果、ですわ!」
最初は疑いの目を向けていた村人たちも、やがて手伝いを申し出てくれるようになった。
水を運び、畑を耕し、家を修理する。
――笑い声が、村に戻ってきた。
夕暮れ。
丘の上から見下ろすと、沈む夕日に照らされて輝く畑が広がっていた。
オレンジ色の光に包まれた村は、まるで命を取り戻したようだった。
「……なあ、レティシア」
「はい?」
「お前、本当に……この地を変えるかもしれん」
「もちろん。そのために転生してきたんですもの」
風が頬を撫で、私は静かに笑った。
そして心の中で誓う。
――この地を、必ず“幸せな場所”にしてみせる、と。




