第27話『絆の試練──新たな利害と、古い傷』
秋の雨が細く長く降り続け、村の土はしっとりと湿っている。森の緑が深さを増し、作物の手入れは屋外作業よりも室内での調整が増えた。外から見れば「穏やか」だが、ローデン領の内部には新たな小さな亀裂が生まれつつあった。
公国との同盟が動き出して以降、技術供与や商路拡張は順調に進んだ。だが恩恵の分配をめぐり、村内で顔を合わせれば気まずくなるような話がちらほらと聞こえてくる。公国側の技師が提示した工程書の一部が高額な外注を呼び、職人への歩合や利権の取り決めが曖昧なまま進んだことが発端になっていた。
「うちの仕事が減るんじゃないかって、若い鍛冶屋が言ってる」
「リュシアンの商隊が先に材料を大量買いしてしまって、地元の商人が割を食ってるって話もある」
村の酒場の端で噂は渦を巻く。トマス老人がぴしゃりと一言吐く場面もあった。彼には覚えがある――外国の物が入ってきたとき、地元の小商いが潰された過去があるのだ。ローデンが大きくなればなるほど、昔の傷が疼くのも無理はない。
夕刻、屋敷の大広間に人を集めた。集会は中立的に、すべての当事者が顔を出せる場にするためだ。リュシアンは黒衣を脱ぎ、普段よりも淡い表情で座る。アレン王子は公国の使節を伴い、礼を尽くしている。ガイルはいつものように傍らに立ち、拳を軽く握ったまま声を出さない。村の代表、職人の親方、若い商人たち。空気がざわつく。
「まずは、皆の話を聞かせてください」私が口火を切る。
声はできるだけ静かに、しかし確かに届くように。これまで私は“結果”を示してきた。今回は“過程”を示すときだ。
若い鍛冶屋のエイナは緊張した面持ちで前に出た。
「ここの新しい設備、うちの仕事が奪われるんじゃないかと怖いんです。技術はありがたいけど、取り分の話が見えないと…」
同時に年配の商人は、商会が資材を一手に押さえる傾向について苦言を呈した。リュシアンはその場で顔を曇らせたが、すぐに穏やかに言葉を返す。
「俺は商人だ。利益を出さねえと商売は続かねえ。だが、ここを壊すつもりは一切ない。地元が強くなければ、長期的には誰も得しない。提案がある」
みるみるうちに意見交換は白熱した。言葉の端々に不満も、恐れも、守りたいものへの執着も滲む。会場は時に声が重なり、私の心臓は速くなった。だが、対立をぶつけ合うだけで終わらせたくない。ここで求められているのは「制度」と「物語」だ。人々の不安は、数値や約束事で鎮められる部分が多い。
私は深呼吸して、具体案を示した。
「まず、ローデン協議会を設立します。構成は地元職人代表、公国技師代表、黒衣商会の代表、民衆代表、それと私たち執行陣。新規事業はこの協議会の承認と透明な会計を要件とする。利益分配の原則は“地域優先”とする――ローデンの住民に優先納入と待遇を保証します」
ざわつきの中で、一人が声を上げた。
「だが監査はどうする? 言葉だけじゃ不安だ」
私はすぐに続ける。
「外部の第三者監査を年に一度入れます。アレン公国にも監査人を出してもらい、公正性を担保します。それと、技術研修枠を設け、地元職人の賃金を保証する応援基金を作る。短期的コストはあるが、長期的に見れば地元の技術力と供給安定が利益を生む」
提案は現実的だと幾人かが頷く。リュシアンは黙って私の言葉を聞き、やがて小さく笑った。
「儲け話を聞いて飛びつく準備はできてるが、こういう約束があれば金は出せる。俺が保証する」
アレンは優しく付け加えた。
「我が国も監査と技術移転の調整に協力します。自治を尊重することを前提に、我々はあなた方のパートナーでいたい」
ガイルが肩の力を抜いて初めて声を出した。
「俺は村の安寧を一番に考えて動く。誰かが損をしないで済むよう、俺も実務で動く」
そのとき、集会の端っこにいるトマスの目に薄い光が戻った。彼はゆっくりと立ち上がり、杖をつきながら口を開く。
「昔、外からの物が来て俺たちは痛い目を見た。あのときは若造の俺らが何もできず、家を一つ失った。だが今回、あんたらは違う。話し合いをして決めるという。だったら、年寄りの俺らも助けるべきだ。恨みを持つより、手を貸す方がずっと難しいが、俺は手を貸す」
その一言で、 hall の空気が一度に和らいだ。作り話や正義の譲歩ではなく、現場の信頼が動いた瞬間だ。
翌日から協議会の枠組みを急ぎ整備した。会則、監査スキーム、基金の運用ルール――リュシアンの助言に公国の法務が加わり、私は地元の代表と何度も細部を詰めた。職人たちには研修の受講枠が与えられ、短期的な賃上げ補助も決まる。商会側には納入優先枠と、地元に価格を安定させる義務を課した。透明な帳簿-年次報告会の開催も約束された。
ガイルは実務監督として名を連ね、夜間の治安と配送の安全を保障する任を受けた。リュシアンは商会の名で資金の一部を基金に振り分け、アレンは公国の技師を数名派遣することを改めて申し出た。いつの間にか、反発していた当事者たちが自ら机を拭い、協力のための署名をしている。
夜、屋敷の小さな庭で三人と会った。星空の下、疲れたけれど満たされた笑いが交わされる。ガイルは短く言った。
「お前の強さは、怒りを受け止める方法を知ってることだ。剣より難しい仕事だ」
リュシアンは煙草をふかしつつ、つぶやくように言った。
「金も剣も役に立つが、結局は信頼にしか還らないんだな」
アレンは静かに頷いた。
「同盟は結び目だ。しっかり編まないとほどけることもある。今日はいい編み目ができた」
私は胸に小さな安堵を感じる。絆は試され、傷は癒えつつある。だが同時に、ここで学んだことは明白だ――どんなに外の力があっても、中心にあるのは“この地で生きる人々”の尊厳と自立だということ。制度は整えたが、維持するのは日々の誠実さだ。
窓の外で雨が止み、雲の切れ間から月が顔を出した。ローデンの夜は静かに戻っていく。試練の嵐を越えた今、私たちは新たな絆を一本ずつ確かめ合いながら、また明日の鍬を握るのだった。




