第26話『遠い約束──公国との同盟と新たな試み』
秋の風が穏やかに吹き、ローデン領の景色は金色から深緑へと移り始めていた。収穫祭からしばらく経ち、村は復興作業と日常のバランスをうまく保っている。そんな折、アレン王子(公国)との約束が遂に形をとる日がやってきた——「公国との同盟協定」と、その先にある共同プロジェクトの発表だ。
「今日は、我々にとって重要な節目になります」私は領民を前に短く挨拶した。広場には集まった村民、リュシアン、ガイル、そしてアレン王子をはじめとする公国の代表団が並ぶ。公的な場での発表に、村人たちの顔も引き締まっている。
アレンは穏やかに一礼し、丁寧に言葉を紡いだ。
「ローデン領が歩んできた道は、我が公国にとっても学びの多いものです。今回、我々は正式に技術協力と交易支援を行い、長期的な同盟を結ぶことを提案します」
その提案は単なる保護や援助ではない。技術の移転、災害時の相互支援、交易税の優遇措置、教育プログラムの共同運営など、自治を尊重した幅広い協力が盛り込まれていた。私が望んでいた「自立を妨げない援助」の形が、ここにあった。
ガイルがすっと私に視線を送る。彼のその眼差しには、安堵と警戒が混じっている。外部との連携は力になるが、同時に新たな依存を生む可能性もある。私は深呼吸し、壇上で公約書に署名を交わす指先を確かめた。リュシアンは黒衣の裾をなびかせ、いつもの皮肉めいた笑いを浮かべつつも、目には確かな期待が宿っている。
署名式の後、合同で発表された第一のプロジェクトは「水管理システムの共同開発」だった。ローデンは乾季と豪雨が両極端に来る気候の土地柄、安定した水資源の確保が最重要課題の一つだ。公国は水車・溜池・簡易灌漑のノウハウを提供し、リュシアンの商路は必要資材の確保を担う。私たちは地域の職人と共に試作を始める段取りを整えた。
「公国の技術を取り入れることで、安定的な収量を確保できます。だが、導入は段階的に。ローデンのやり方を壊しては意味がありません」私は事前にアレンと密に話し合っていた方針を繰り返す。アレンは静かに頷き、協力を約束した。外部の力を“乗せる”には、いつも慎重な説明と合意が必要だ——それがここでの合意事項だった。
プロジェクトチームが編成され、リュシアンは商会の技術者を数名派遣する。若い職人たちは、公国の技師たちと肩を並べて作業を進める。言葉や習慣の違いもあったが、「効率を上げて人々の生活を守る」という共通の目標があれば、仕事は着実に進んでいく。
一方で同盟は外交的な波及効果も持つ。王都はローデンと公国の接近を注視している。私たちは透明性を重視し、王都との関係も適切に維持する必要があった。アレンはその点でも賢明だった——公国の支援はローデンの自治を尊重する条件のもとに行われること、そして我々は王都とも情報を共有するという約束を改めて示した。
リュシアンがある夜、私の前で真面目な顔をした。
「今回の同盟は金の流れも大きくなる。商会としてもメリットはあるが、同時にリスク増幅も意味する。俺は金で動く男だが、今回は“信頼”に投資する」
彼の言葉は重かった。黒衣商会がより公的に関与することで、私たちの前に立つ問題は商業の領域だけではなく、政治的な牽制や期待にも広がる。リュシアンの決断は一段と重要だった。
数週間後、第一の小型用水路が完成した。子どもたちが水の流れを追いかけ、農夫たちが新たな畝に水を分け合う。成果はすぐに見えた——乾季の後半でも畝は枯れず、穂はしっかりと実を結び始める。村人たちの顔には実用的な笑顔が広がり、私はその一瞬を忘れないだろうと思った。
だが変化は常に調整を伴う。公国の技術導入により、作業分担や報酬の仕組みの再設計が必要になった。若い職人が技能を身につけ、公国側と報酬交渉をする場面も出てきた。ここで大切なのは、ローデンのルールを守りつつ新しい価値を共に作る姿勢だ。私は現場に入り、話し合いを重ね、合意を形成していった。
ある晩、アレンが夕暮れの畦道を私と歩いた。風に穂が揺れ、夕焼けが二人の影を長く引き伸ばす。彼は静かに言った。
「ローデンのやり方は、僕の国にとっても教訓になる。君がここを守る姿勢は、本当に強い」
私は微笑みを返す。アレンの支援は政治的な意味だけでなく、人的な繋がりとしても大きかった。彼の言葉は、私が未来へ進む勇気の一部になっている。
その夜、ガイルが寄り添ってきて、短く呟いた。
「遠い約束が、こうして形になるとはな」
「ええ。約束は守るためにあると思う」私は答え、彼の手をぎゅっと握る。安堵と責任が混ざった感覚が胸に満ちる。
同盟は一つの突破口であり、新たな挑戦の始まりでもある。外部の力を受け入れることで、ローデンはより強くなれる。だがそのプロセスは常に“相互尊重”の上に成り立たなければならない——それが私の鉄則だ。私はガイル、リュシアン、アレン、そして村人たちと共に、少しずつだが確かな前進を続ける。
月が満ちる頃、第二のプロジェクト「共同学校プログラム」が動き始めた。公国の教育者が読み書き・算術と併せて、簡易的な災害対策や保存食の科学を教える。若者たちの目が輝くのを見て、私は胸が熱くなった。未来はこうして、知識と連帯で築かれていくのだ。
夜、屋敷のバルコニーに立ち、畑を見下ろす。遠くで灯りがぽつぽつと灯り、村は静かに息をしている。私はゆっくりと大きく息をつき、心の中で誓った。遠い約束は守るためにあり、守るために動く。それがローデンの、新しい日常の姿なのだから。




