第24話『祝祭の秋──収穫と新たな約束』
黄金色の季節がローデン領を包んだ。
朝の霧が晴れると、畑には麦の波がゆったりと揺れ、りんごの木は鈴なりの実を垂らしている。村じゅうが忙しくも穏やかな空気に満ち、久しぶりに心の底から「やった」と言える実感が広がっていた。
「今年の収穫祭は格別になりますね」
マリアがはしゃぎながら布をたたむ。子どもたちの衣装や提灯の準備は進み、リュシアンは特製の出店を幾つか手配していた。アレン王子からは祝電とともに、公国産の珍しい香辛料が届き、広場の食卓は色とりどりの香りで満ちている。
私は朝から村役場で最後の諸々を確認していた。収穫物の分配、外部からの客の受け入れ、夜の警備体制――細かい項目は尽きないが、どれも大切だ。ガイルは騎士団員と共に配置図を確認し、目を光らせている。彼の存在は、祭りの享楽を安心に変えるかたちで村人たちに受け止められていた。
午前、広場の中心で小さな神事が行われた。古くからの慣習に従い、村の長老が祈りを捧げる。豊穣への感謝、これからの安全、そして遠くから支えてくれた人々への礼——短い儀式だが、村人の心は一つになった。トマスがそっと私の手を取り、目を潤ませながら言った。
「レティシア様、あんたが来てくれて本当に良かった」
その言葉は何より重く、温かった。私は深く礼をし、答える。
「皆さんがいたからです。私一人では、ここまで来れませんでした」
ガイルが隣で無骨に頷く。彼の手は土の匂いを含み、しっかりと私の肩を支えてくれる。私はその感触に安堵しながら、次の儀式へと向かった。
午後は市場が賑わった。リュシアンの出店は評判で、黒衣商会の小物や、ローデンの特産品を求める人々が長い列を作る。ハーブオイルの香り、染め布の鮮やかな色合い、保存菓子の甘い匂い——それらが入り混じって、祭りは次第に華やかさを増す。
アレン王子は公国の代表団を連れて到着し、丁重な挨拶のあと村人と気さくに会話して回る。彼は祭りの合間に、若い農夫たちに直接作付けのアドバイスをしていた。公国の技術を共有することが、ここでは実際の生産力につながると皆が理解している。
祭りの目玉は、夕刻の「収穫の舞」と夜の「薪火の儀」。村の娘たちが伝統の衣装で踊り、子どもたちは太鼓を叩く。その舞を見つめる人々の顔は柔らかく、戦いの日々を知る者ほど感慨深い表情をしていた。私も舞台の脇で静かに見守り、時折ガイルの腕に触れては笑い合った。
夜。広場は燈火で満たされ、空気は祭り独特の熱に包まれる。薪火のまわりに集まり、老いも若きも手を取り合う。歌が始まり、誰かが口笛を吹けば、たちまち皆がそれに合わせて拍手する。あの頃、希望は遠い夢だった。しかし今、皆で手を取り合うこの一刻が、確かな現実となっている。
リュシアンはどこか誇らしげに杯を掲げ、アレンは静かに笑い、ガイルは無言で私の隣に立っていた。私は祭りの熱と人々の顔に包まれながら、ふと将来のことを考えた。今回は収穫祭だが、次の年には町の一角に共同作業小屋を建て、地域交流の場にしよう——そんな小さな計画が頭をよぎる。
祭りの終盤、私は広場の端に作られた小さな壇に立ち、村人たちに向かって短く挨拶した。
「皆さん、今日はありがとうございます。ここまで来られたのは、皆さん一人一人の努力の賜物です。来年も、その次の年も、一緒に豊かなローデンを作っていきましょう」
拍手が沸き起こる。ガイルが私の手をぎゅっと握り、その温もりが伝わる。私は心から笑っていた。
深夜近く、灯がほとんど消えた町角で、三人が私の周りに集まった。祭りの喧騒が遠のき、空には満天の星。リュシアンはいつもの黒い外套を羽織りつつも、どこか穏やかだ。アレンは静かに立ち、遠方の月を見上げる。その視線の先にあるものは、政略的な計算だけではないのだろう。
「良い祭りだった」リュシアンが一言。
「ええ」と私は頷く。祭りの余韻がまだ身体の中に温かく残っている。リュシアンは近づき、肩越しに囁いた。
「ローデンはいい場所だ。ここを選んでよかった」
彼の言葉は、商売の損得を超えた感慨があると私は感じた。リュシアンは少し離れてアレンに視線を向ける。二人は短く会釈し、互いに敬意を示す。
「君たちのおかげだ」私は静かに言う。
ガイルは肩をすくめるようにして笑い、アレンは丁寧に一礼した。祭りの夜は、愛情と連帯感がお互いを包み込む時間でもあった。
翌朝、祭りの片づけが進む中、私は子どもたちと一緒に苗を植えに出かけた。小さな手が土に触れ、笑い声が広がる。生命の循環を肌で感じる瞬間は、何より尊い。子どもたちは私を「レティシア様」と呼び、私はいつものように彼らの頭をなでる。
作業を終えると、ガイルがやって来て耳元で低く囁いた。
「今日から、また次の仕事だ。だが……今日みたいなのも、忘れないでくれ」
私は笑って頷き、彼の手を引いて小道を歩いた。二人の足跡が並び、夕日に長く伸びていく。遠くからは、リュシアンが商隊の出発を見届ける姿が見えた。公国の旗が風になびき、世の中の流れが少しずつ日常へ戻っていく。
収穫祭は一つの区切りだ。だが、それは終わりではなく始まりの合図でもある。今後の課題は、貯蔵の更なる強化、商路の多国間化、教育の恒常化——やるべきことは山ほどある。私はそのすべてを見据え、今日の喜びを力に変えていく決意を胸にする。
夕闇が深まるころ、屋敷の窓から広場を眺めながら私は一つ約束をした。
「ここを守る。ここからもっと良い未来を作る。そして、皆が心から笑える場所にする」
その約束は小さな声でも、確かに自分の中で鳴り響いた。ガイルがそっと背後から抱き寄せ、リュシアンが気まぐれに煙草を燻らせ、アレンは遠くで馬車を整える。四人と、村人たちとで紡ぐ日々は、こうしてまた続いていく。




