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悪役令嬢に転生した元OL、婚約破棄で辺境追放されたけどチート生産スキルで大繁栄! 今さら戻ってこいと言われても、もう遅いですわ!  作者: 和三盆


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第23話『新たな困難と温かな日々──外敵の影と里の幸福』

夏の匂いが、いつもより早くローデン領を満たしていた。畑では若い穂が揺れ、子どもたちは川辺で泥だらけになって走り回る。屋敷の窓から見る風景は、平穏そのもの――だが、世の中は常に表裏一体だと私たちは学んでいた。


「今日、略式の検品に来る連中がいるそうです」

朝の連絡でマリアが告げる。外部の検査官――それ自体は喜ばしい話だ。だが、彼女の顔つきにはわずかな硬さがあった。


ほどなくして、馬車が一台、ローデンの広場に到着した。乗っていたのは冷静な表情の男と二人の役人。ひと目でわかる――王都からの正式な検査チームだ。彼らは帳簿や保管庫、保存食の在庫を丁寧に確認し、穏やかに質問を重ねる。手際はよく、礼儀も正しい。だがその傍らで、村の一部には不穏な噂が立ち始めていた。「王都が介入するのは、監督というより圧力だ」という言葉が、ひそひそと伝播する。


私は夕刻に検査官と向き合い、淡々と説明した。保存法の改良、協同組合の分配ルール、加工作業の効率化。リュシアンが提供してくれた保険と外部ネットワーク、アレン公国の技術支援の記録も提示する。検査官はメモを取り、時折小さく頷いた。最後に彼は言った。


「ローデンのやり方は非常に合理的です。だが一つ、指摘があります。保存食の一部に、未知のカビが見られます。サンプルを持ち帰り、王都の検査所で調べさせてください」


その言葉は鎮痛剤のように冷たい。カビ――それは食の安全を脅かす外敵だった。保存食が汚染されれば、備蓄は減り、住民の信頼は揺らぐ。早急に対処しなければならない。


「わかりました。サンプルをお渡しします」私は即座に返答する。だが内心では、これがどれほどの波紋をもたらすかを恐れていた。リュシアンは淡々とすべての手続きを整え、アレンは公国の研究者に連絡を入れた。ガイルは黙って私の手を握り、短く「行こう」とだけ言った。


検査官が去った翌朝、私は村の加工所に入った。そこには、昨夜遅くまで働いた職人たちの疲れた顔が並ぶ。誰もが心配そうに私を見つめる。私は落ち着いて、カビの出た保存食のロットを調べ始めた。スキルを使えば、汚染箇所の拡大パターンや原因を可視化できる――ただし、現場検査と人手が必要だ。


「生産効率最適化、分解・解析モード」――私は小声でスキルを起動する。淡い光が保存庫を包み、腐敗の原因となる温度管理の不具合、湿気の滞留場所、密封の甘さが一目で判った。原因は複合的だ。古い石造りの倉庫の壁に微かなひびが入り、そこから夜露が染み込み、さらに夏の高温と若干の保管ミスが重なったのだ。


「これなら直せます」私は笑って職人たちに向き直る。「壁を補強して、乾燥槽をひとつ増設しましょう。今回は応急処置で汚染箇所を隔離し、残りは安全なロットに優先分配します。王都の結果が出るまでの応急対策としては十分です」


職人たちの顔にようやく安堵の影が差す。だが、問題はそれだけではなかった。村の中には「王都が不安を撒いている」とささやく者、極端に物資を蓄えようとする者も出始めていた。情報は火のように広がり、人々の心を焼く。


「ここは私がまとめる」とガイルが低く言う。彼は騎士団を配置し、物資の取り扱いを監督する役目を担った。リュシアンは黒衣商会の医学顧問につないでサンプルの初期解析を依頼し、アレンは公国からの簡易測定キットを急ぎ送ってくれた。外部の力が、ここでは希望に変わる。


数日が経ち、王都の検査結果が届く前に我々は応急処置を終えていた。保存庫の壁は補強され、通気路が作られ、古いロットは焚き火で安全に処分された。予想以上に迅速な対応で、被害は最小限に留められた。検査官からは「初期対応が迅速であった」との評価が届き、村は少しだけ胸をなでおろす。


だがその夜、別の知らせが舞い込む。近隣の小領で、夏の突発的な豪雨が起き、道が寸断されたという。これにより交易の中継が滞り、ローデンへ予定されていた肥料と布の一部が遅れる見込みだ。外敵はカビだけではなく、自然の気まぐれも含んでいる。


「分散備蓄を活かして、何とか凌ごう」私は途端に指示を出す。リュシアンは別ルートの手配を始め、アレンは公国の通訳と共に代替の輸送協定を進める。ガイルは巡回を増やし、村の防災チームを編成した。皆がそれぞれの役割を果たし、やがて混乱は制御されていく。


村人たちの表情も次第に戻ってきた。夕方、広場に集った顔に笑顔が戻り、子どもたちは再びゲームを始める。私はその光景を眺めながら、胸がじんと温かくなるのを感じた。外からの波は来るが、この地には立ち向かえる力が育っている。


ある週末の午後、村は小さな市を開いた。検査の件や供給遅延のストレスを吹き飛ばすかのように、屋台には地元のパン、ハーブオイル、染め布が並び、人々は久しぶりに賑やかに談笑している。リュシアンは入り口で堂々と商談をまとめ、アレンは子どもたちに読み聞かせをし、ガイルはゆっくりと私の隣でパンを齧っていた。


私は人混みの中で、ひとつの光景に胸が熱くなった。年老いたトマスが作った小さな蜂蜜の壺を、若い母親が子どものために買っていく。子どもはその匂いに顔を輝かせ、母親は目を細める。日々の些事が、世界を温かくするという当たり前の奇跡を、ここでは誰もが知っているのだ。


夜になり、屋敷のテラスで私たちは静かに赤ワインを傾けた。リュシアンがつぶやく。

「外敵は次から次へと来るが、そこに対処する力もまたここにはある。お前たちは面白い連中だ」


ガイルは照れくさげに笑い、アレンは柔らかく頷く。私は静かに杯を掲げた。

「ローデンは小さな領だけど、小さな幸せをたくさん持っている。私たちが守るべきものは、こういう日常です」


その夜、窓の外では蛙の声が優しく響き、村は眠りに就く。外敵は影を落とすことがある。だが私たちはもう、影を恐れて日常を手放すことはしない。備え、治し、支え合う。その繰り返しが、この里をより強く、より温かくしていくのだ。


朝が来ればまた、鍬の音が鳴る。新たな困難はいつでもあるだろうが、ローデンは今日も笑っている。私はその笑顔を守るために、まだまだ働き続ける。

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