第21話『決断の日──レティシアの選択と新たな約束』
春が落ち着き、ローデン領の空気はやわらかく澄んでいた。
畑には若い緑が安定して根付き、子どもたちの笑い声は朝から晩まで村じゅうを満たす。あの日々の戦いと混乱が嘘のように、日常は穏やかに回っていた――しかし、私の胸の中では別の種がずっと熟していた。
「今日は、決める日だね」
朝の食卓でリュシアンが短く言う。彼の声にはいつもより落ち着いた重みがある。ガイルは無表情だが、皿を叩くその指先が緊張を物語っている。アレン王子からも最後の手紙が届き、やわらかな祝福の言葉が綴られていた。
私は一日を通して領の細かい仕事を片付け、夕方には皆を広場に集めた。今日は公的な場で決断をする――私とガイル、そして領の人々にとって意味のある形で示すために。リュシアンとアレンのほか、代表として数名の長老、そして子どもたちも来てくれている。村人たちの顔を見ると、選択が自分の私利私欲ではないことを改めて自覚する。
広場の中央に立ち、私は深呼吸をする。夕陽が、村の旗を優しく染めている。ガイルは私の右手に立ち、無言で拳を握っていた。リュシアンは少し離れて腕を組み、アレンは正装で静かにこちらを見守る。
「皆に見守られて――これ以上の舞台はありませんわ」私は微笑む。声は震えない。心の中の迷いは消えたのだと分かっていた。
私は一つずつ言葉を紡ぐ。まずはローデンを共に守り、支えてくれたすべての人へ――感謝を。次に、三人の男たちへ。その言葉は静かに、しかし明確に場を満たした。
「ガイル、あなたは私が一番困っているときに、いつも真っ先に来てくれました。剣を振り、夜を見張り、私の無茶を止め、私の決断を支えてくれた。あなたの不器用な優しさと、揺るがない責任感を、私は深く信頼しています」
ガイルの頬の筋が動いた。普段見せない感情が、その強面の奥で震える。彼は少しだけ前に出て、ぎこちなく両手を差し出す。
「レティシア。俺は……お前が選んだ道の隣を歩きたい。どんな時も、盾であり続ける」
言葉は粗い。だがそこに揺らぎはなく、責任の重さが滲んでいる。私はその手を取り、静かに握り返した。
「リュシアン、あなたは商人としての合理と、私たちの未来のために大きな賭けをしてくれました。多くを失う覚悟を持ちながら、それでも私たちを守ろうとした。あなたの覚悟と行動は、私にとって計り知れない恩です」
リュシアンは小さく息をつき、唇の端を緩める。普段の皮肉は消え、静かな誇りと安堵が顔に浮かぶ。
「君の選択は分かっている。だが、俺はこれからも君の味方でいる。手段は時に汚くても、結果で必ず君を守る」
彼の声はいつもよりずっと低く、真剣だった。私はその言葉を胸に刻む。
「アレン王子、あなたは公国の代表として、そして一個人として大切にしてくださった。穏やかで丁寧な言葉、無理のない支援と敬意。私は深く感謝しています」
アレンは一歩前に出て、深く一礼する。彼の瞳には真摯さがあり、微かな哀しみも見えたが、温かい祝福の気配が周囲に広がる。
「レティシア様」アレンの声は丁寧で落ち着いている。「我が国はローデンの発展をこれからも支えます。個人的な気持ちはいつでも申し上げますが、あなたの選択を尊重し、良き友、良き同盟としてあり続けたい」
その言葉は贈り物のように静かに私の胸を満たした。
広場が静かにざわめく。誰もが私たちのやり取りを見守っている。私は深く息を吐き、決断を告げる時が来たことを知る。
「私は、ガイル・バーンズを選びます」――言葉は澄んで、遠くまで届いた。
村人たちの拍手が、ゆっくりと湧き起こる。ガイルの顔が一瞬、見慣れない表情に変わった。喜びと困惑、そして深い安堵が混じる。彼は言葉を詰まらせたが、やがて押し黙ったまま深く頭を下げ、私の手を自分の胸に当てた。
「ありがとう。お前を守る。生きて、笑ってもらう。それが俺の誓いだ」彼の声は震えている。村の老婆が涙をぬぐい、子どもたちが歓声を上げる。祭りのような温かさが広場に満ちる。
リュシアンは一瞬だけ顔を曇らせたが、すぐに微笑んで歩み寄った。彼は私の肩に軽く触れ、囁くように言った。
「いい選択だ。幸せになれ」
その一言は、私の胸に深く届いた。彼の目には本物の祝福があった。私はリュシアンの手を取って軽く握り返し、心からの感謝を込めて微笑んだ。
アレン王子は優雅に頭を下げ、声を添えた。
「御幸せに。ローデンはますます輝くでしょう」
その言葉に、周囲が静かに頷く。三人のうち二人は、私の決断を静かに受け入れてくれた。私はその包容力に、深い安堵と尊敬を覚えた。
その夜、小さな儀式を行った。派手な結婚式ではない。ローデンの古い慣習に倣い、村人たちの前で互いの誓いを交わすだけの、温かく簡素なやり方だ。ガイルは自分の剣の鞘から古い布を取り出し、それを小さく三つに折って私の手首に結びつけた。布は騎士団の古いもの――彼の家族から伝わる簡素な護符のようなものだ。
「これで、いつでもお前の傍にいるって証だ」彼はつぶやき、私の目をじっと見つめる。私はその布を自分の心の奥にしまうように強く握り返した。村人たちが見守る中、私たちは互いに短く、だが確かな約束を交わした。
リュシアンは側に立ち、片手を上げて笑った。アレンは遠くから穏やかに見守る。皆が祝福の眼差しで我々を包む。その温度は、この領地をここまで支えてきた共同体の強さを物語っていた。
その後も私はリュシアンやアレンと、仕事上の協力や友としての関係を続けることをはっきりと伝えた。彼らはそれを尊重し、固い握手と微笑で応えた。愛の形は一つではない――それを、この夜に私はあらためて知った。
朝になり、ガイルは私を呼んで小さな散歩に出た。畑の縁、まだ霜が溶けきらない時間。彼はふと立ち止まり、ぎこちなく言った。
「早く、平凡な日常を送りたい。騎士としての仕事は変わらないが、たまには一緒に鍬を握ってくれ」
私は笑って答えた。
「ええ。あなたの鎧姿だけでなく、畑で泥まみれの笑顔も見ていたい」
彼は不器用に笑い、私の手をきゅっと握り返す。遠くでは子どもたちが走り回り、村の鐘が静かに鳴る。リュシアンは黒衣をはためかせながら商隊の手配に戻り、アレンは公国へ戻る準備をしていたが、公的な関係はこれまで以上に深まっている。
私は胸に小さな確かな灯を感じていた。選択は終わった。だが、新たな責任が始まる――家庭としての、領主代理としての、そしてローデンをさらによくするための責任だ。選んだ相手がいるということは、支える人が増えたということでもある。守るべきものの輪が大きくなった分、私の歩幅は少し広がった。
夕暮れ、屋敷の窓から見下ろすと、村は穏やかに息をする。ガイルが一緒に並んで歩いているのを見て、私は小さく笑った。隣には大切な人がいて、遠くには長年の友がいる――それで十分ではないか、と思った。
これから先、何が起きるかは分からない。王都の闘争は終わっていないし、経済も政治の波にさらされるかもしれない。だが今は、私たちの輪がここにあり、信頼が積み重なっている。ローデンの新しい日常は、ゆっくりと、確かに始まっていた。




