第18話『決戦の季節──王都の策動と、ローデン最後の守り』
春が深まり、麦の穂が風になびく季節。だがローデン領の空気は、穏やかさとは程遠かった。王都での暴露から日が経ち、旧勢力の反撃はますます露骨になっている。王の公的支援は得られたが、監督という名の干渉も同時に迫ってきた。外からの圧力だけでなく、内部の分裂も芽生え始めている——それが今の最も危うい現実だった。
「情報だ」リュシアンの冷たい声が、屋敷の作戦室に響く。
テーブルには王都周辺の動きと、複数の商隊の行方不明記録。エルメス派の残党が、王都と結託してローデンの物流を撹乱し、長期的には領の経済基盤を断とうとしているらしい。
「来るぞ。二週間以内に、大規模な包囲兼経済封鎖を仕掛ける計画だ」リュシアンが言った。
ガイルはその言葉を聞いて、鋭く息を吐く。
「やつらは力で潰しにかかるつもりか……」
「力と情報戦の両方だ。先に物流を断ち、食糧と資材を枯渇させる。民心が揺らげば、中央への管理を口実に完全に掌握するつもりだ」私は静かに、しかし強く頷いた。
「ならば、我々のやることは二つ。物資の自衛と、民心の維持だ」
準備はすぐに始まった。まずは「食」と「道」を守るための対策。リュシアンは黒衣商会の残党から確保した小規模の護衛隊を手配し、危険なルートには伏兵と見張りを置く。ローデンの職人と鍛冶屋に改良型運搬具を作らせ、馬車の耐久性を高める。私のスキルはここで最大の力を発揮した。保存技術の応用で食料の保存期間を延ばし、魔光ランタンと軽量工具の大量生産ラインを短期間で整えた。
「生産効率を上げれば、封鎖に耐えられる日数が伸びます」私は領民たちに語りかけた。彼らは不安げながらも、黙々と働く。小さな工房が夜通し動き、塩の代替品や保存食のレシピが共有される。教育で培った協同組合の仕組みが、ここで役立った。皆が一丸となることで、恐怖は力に変わっていった。
一方、外交面ではアレン王子が動いた。公国からの商隊が声明を出し、ローデンへの援助が公的に表明される。これはエルメス派にとって痛手だ。外圧をもって王都の介入にブレーキをかけると同時に、我々の後方支援を堅固にした。
だが敵は策を変える。直接攻撃ではなく、住民の信用を揺るがす「内通者工作」が始まった。流言が流れ、ある者は「ローデンは王都に見捨てられる」と噂を広める。食糧配給で不具合があった小屋には無断で物資が持ち出され、疑心が少しずつ広がる。
ある晩、要所で働いていた若い男が逮捕された。「奴が夜に物資を出していた」という告発だった。領民の一部は動揺し、耳に入る噂は刃のように領の心を切り裂く。私の胸は締め付けられた。もし疑いが広がれば、すべての努力が水泡に帰す——そう直感した。
「情報の出所を洗い出す」リュシアンが言い、すぐに潜入と聞き込みが始まる。ガイルは夜の巡回を倍増させ、住民の不安を受け止めながらも冷静さを保つ努力をする。私は村人一人一人の元を回り、顔を見て話し、疑念を言葉で払った。小さな誠実さを積み重ねる行為が、最終的には一番強い防壁になると信じていたからだ。
数日後、決定的な証拠が発見された。逮捕された若者は無実で、真の内通者は、村に紛れ込んだ外部工作員だった。リュシアンの情報隊が密かに捕縛し、彼の証言で流言の発端と資金の流れが明らかになる。工作員は王都の一部商会と手を繋いでいた。これで敵の本拠ははっきりした。
「これで、決めにかかれる」リュシアンが言った。彼の目には疲労もあったが、静かな決意も宿っている。アレンの公国の支援も整い、我々は最後の防衛線を張る準備が整った。
決戦の朝。敵は数に勝るが連携は脆い。我々は地の利と民の協力を最大限に使う。村の通路はいくつか伏兵の隠れ家となり、焼却された小屋は偽の残骸として利用され、夜間の照明は魔光ランタンで逆に敵の動きを炙り出す仕掛けになった。ガイルは数百の民兵を率い、厳格な隊列で敵の先鋒を迎え撃つ。私は指揮所に立ち、リュシアンやアレンと共に連携を取る。心臓は高鳴るが、手は震えない。
戦闘は短く、激しく、だが秩序立っていた。民兵たちは訓練の成果を見せ、商隊の護衛は見事に機能した。ガイルはまたしても先陣を切り、剣を振るう彼の姿は無骨ながら美しかった。リュシアンの手の者たちは敵の側面を突き、混乱を作り出す。アレンの公国からの援軍は包囲の薄い箇所を突き、敵の退路を断った。
決定打は、我々が用意した物流逆手術だった。敵の補給路を断ち、その兵站を狙った奇襲で、数時間のうちに敵の戦意は崩壊した。数の暴力は、綿密な準備と民の結束の前に意味を失った。
夜、戦いが終わると、広場には静かな歓喜と疲労が入り混じっていた。負傷者を手当てし、焼けた物資を片付ける。だが何よりも、村人たちの顔に戻った安堵の笑みが何よりの報酬だった。
リュシアンは私に近づき、血のにおいが混じる手を差し出した。彼の目にはいつになく柔らかさが宿っている。
「賭けに勝ったな」彼が言う。私は笑って、その手を握り返した。
「いいえ、勝ったのは皆です」
ガイルは黙って私の肩に手を置く。その手の重みが、言葉以上に語る。アレンは遠目から静かに微笑み、我々を見守っている。三人の存在が、この夜ほど頼もしく感じられたことはない。
だが、すべてが終わったわけではない。王都の勢力は部分的に弱まったが、完全には消えていない。今回の勝利は大きいが、代償もあった。資源は消耗し、国の監督はますます厳しくなるかもしれない。だが一つだけ言えるのは——ローデンはもはや“捨て石”ではないということだ。
私は夜空を見上げた。満天の星が静かに瞬いている。胸の中には、疲労と希望が混ざる。これからも道は険しいだろう。しかし、私は確信している。剣と知恵と人の心があれば、どんな嵐も乗り越えられると。
次の季節に向けて、我々は再び耕し、築き、守る。決戦の季節は過ぎ去ったが、ローデンの物語は、これからも続いていく。




