第17話『暴露の朝──黒衣に刻まれた罪と、全てを賭けた賭け』
朝靄が王都の広場を薄く覆っていた。
まだ眠りの残る石畳に、人々の足音がじわりと増えていく。今日は王が臨時に設けた公開会合――「ローデン領襲撃事件の最終審理」が行われる日だ。噂はすでに城下の隅々にまで届き、多くの民衆と商人、そして驚くほど多くの記者が集まっていた。
馬車から降りると、ガイルが黙って私の傍らに立つ。彼の手は固く私の腕を包み込み、不安をぎゅっと押し潰してくれるようだ。リュシアンは薄い笑みを浮かべ、だが目は鋭く光っている。アレン王子は朝の礼を終え、礼服の裾を正して私に微笑んだ。彼ら三人がいることが、私の背筋をまっすぐにする。
「さて、見せるときが来たな」リュシアンは低く囁いた。
私は大きく息を吸い、王の演壇に向かう。広場中央に据えられた木台の上で、王は厳かな顔で私たちを迎えた。群衆のざわめきが一瞬だけ静まる。
「レティシア・アーベントハイン殿下。今回は真実を晴らすための場である」
王の声は柔らかだが、そこに含まれる重みは計り知れない。私は礼をしてから、ゆっくりと前へ進んだ。
「陛下、皆様。本日は証拠を以て、王都を蝕む一連の不正の全容を明かします」
私はリュシアンから託された帳簿の束、被害者や証人の陳述書、さらにはリュシアンの情報網が収集した暗号化通信の復号記録を一つずつ読み上げていった。数字と日付、取引の動き――それらは冷たいが確かな事実となって目の前に積み上がる。
「証拠は揃っています。これらは一部の貴族と商会が結託し、辺境を混乱させることで利権を得ようとした実態です」
読み終えた瞬間、会場にどよめきが走る。顔を青ざめさせる者、視線を伏せる者。それは計画が公に曝かれた瞬間の、不可避の反応だった。
だが、その場にいた幾人かはなお抵抗を続けた。声高に反論するもの、証拠の正当性を疑うもの。リュシアンが淡々と次の一手を放つ。
「我々は更に、裏取りを行いました。ここにいる“生き証人”を連れてきています」
扉が開き、先日逮捕された襲撃の一員が引き出された。彼の目は震え、服は埃にまみれている。それでも証言は揺るがなかった。金の授受の事実、刻印の出どころ、指示の時間――彼の言葉は一本の線となって、疑いを断ち切っていく。
「この証言と帳簿の一致は偶然を越える」アレン王子が静かに言葉を添える。彼の政治的重みが場の空気をさらに収束させる。重臣たちの顔色はますます悪くなり、王の額筋に一筋の汗が浮いた。
――それでも、事態はまだ完全には決着しない。真に重大な瞬間は、リュシアンが自ら口にした言葉によって訪れた。
彼は広場に進み出ると、王と群衆を見渡し、声を張った。
「私は黒衣商会の――幹部の一人であるリュシアン・ヴェイルだ」
群衆の中に、さざめきが走る。彼がそこにいること自体が、かつては噂話の種だった。
「今日、ここで私は告白します。黒衣商会の裏のルート――“影の路”の一部は、かつて私が管理していた」
その言葉に、空気が凍る。私は鼓動の速さが耳に鳴るのを感じた。リュシアンは続ける。
「そのルートは、かつて私の怠慢と欲により、灰色の仕事を許した。多くの者がそれで傷ついた。私はその罪を消したくて、ローデンと手を結び、この賭けを始めた。今夜、私はその過去の一部を引き受けます」
広場のざわめきはやがて静まり返った。リュシアンの肩には、これまで見せなかった憔悴が刻まれている。彼は一枚の文書を取り出し、公に差し出した。そこには彼自身の署名と、当時の関係者との取引記録、そして彼が負った責任の一端が記されていた。
「つまり、あなたは自らの罪を認めるのか――」王の声は低いが厳しい。
リュシアンはうなずいた。
「はい。しかし同時に申し上げます。私が関わった悪行の多くは、すでに清算を始めています。今ここで我々はそれを一掃する意志を示す。必要ならば、私は商会の座を退き、法のもとに裁かれる覚悟があります」
その宣言は震えるほど重かった。公の場での自白は、彼にとって最も危険な手だ。だが同時に、それこそが一連の不正を根こそぎにする突破口でもあった。
一部の旧勢力が激しく反発した。だが王は長く黙っていた後、ゆっくりと立ち上がり、場内の静寂を取り戻すように言った。
「我々は法に従う。証拠と告白を踏まえ、特別裁判を開く。公正に裁かれよ」
法廷の宣言が出ると、場内の空気は一変した。貴族や商会の重鎮たちは公的な調査対象に指定され、数名が仮拘束の手続きに入った。群衆は歓声と驚愕が入り混じった反応を示す。ローデンの旗を手にした人々は涙ぐんでいる者もいた。
そのとき、私はリュシアンの横にそっと寄り、彼の手に触れた。彼は私の手をぎゅっと握り返す。指先に伝わる温度は、冷えた朝の空気よりもずっと温かかった。
「あなたは――」私は言葉を探す。だが彼は先に笑ってみせた。短い、けれど本物の笑みだ。
「賭けに勝つか負けるかは分からん。しかし、俺は後悔しない」
事件が公になったことで、ローデン領は別の種の試練に晒される――注目の集中だ。王都の評価も、今のところ好意的な流れに転じている。しかし代償もある。リュシアンが公的に名を挙げたことで、彼の身はより危険に晒される。ある者たちは影響力を用いて私たちを揺さぶろうとするだろう。
ガイルは静かに、それでいて強く言った。
「こいつは俺が守る。お前を守る奴を、俺は守る」
その言葉を聞いたリュシアンは、少し顔をしかめたが、どこか安堵の色が混じっていた。
その晩、王宮からの使者が届け物を持ってきた。王からの感謝状と、ローデン領再建のための資金援助の約束だ。王は公に「この国の未来を担う小さな領を守る」と述べた。だが王の一言には条件も含まれている――中央と地方の連携を強めるための監督機構の設置。私たちは歓迎しつつも、慎重にその枠組みを検討する必要がある。
馬車に乗り込む前、私は広場を振り返った。群衆の中に見えるのは、いつも一緒に働いた顔ぶれ、畑で泥だらけになった笑顔だ。彼らのために私はこの道を選んだ。リュシアンは隣に立ち、ガイルが馬車の先頭で見張る。アレン王子は遠くから軽く会釈してくれている。
「私たちは、まだ戦いの途中です」私は静かに言った。
リュシアンは小さく笑い、肩越しに答える。
「戦いは続く。しかし、今日の勝利は確かに大きい。ここから、すべてを変えていけるだろう」
車輪が回り出す。王都の石畳は朝日に光り、私たちを後押しするように暖かく映る。胸の中に、確かな希望と、同じだけの覚悟が満ちている。
この暴露の朝は、一つの区切りであり、同時に新たな局面の始まりだ。リュシアンの賭けは公に晒され、王都の腐敗は一部暴かれた。だが根深い利権としがらみは、まだ瓦解していない。私たちの戦いは、これからが本番だった。




