第14話『暴かれる真実──王都会議と裏切りの令嬢』
王都は一日中、重たい空気に包まれていた。
先日の襲撃以来、王宮内部でも動揺が続いている。貴族たちの噂声が階段を上り下りし、誰もが次の一手を探しているようだった。
私たちは静かに、だが確実に準備を進めていた。リュシアンの情報網が暴いた取引記録、襲撃で捕らえられた部下の供述、そして王都の商会と繋がる文書――それらは一枚一枚、証拠として積み上がっていった。誰かが嘘をつけば、その嘘は書類と証言によって粉々にされるだろう。
「今日、王都会議でそれを提示する」
リュシアンはそう宣言した。彼の表情はいつになく真剣で、金の瞳が冷たく光った。ガイルはいつものように私のそばに立ち、剣の鞘を手で確かめている。私は心の中で深呼吸し、領民たちの顔を思い浮かべた。彼らの笑顔を守るために、ここで真実を明かさねばならない。
王都会議の広間。天井の高い部屋に、王と重臣たち、関係する貴族や商会代表が集まる。会議の議題に名を連ねていたのは「辺境の治安と商業問題」――つまり私たちが抱える事件だ。王の前に立つと、視線が一斉にこちらへ向けられた。あの光景は決して心地よいものではないが、私は冷静に書類を整え、リュシアンの横で資料を差し出した。
「陛下、これらはローデン領への襲撃に関わる証拠の一部です」
リュシアンが淡々と説明を始める。まずは資金の流れ。商会と特定の貴族が結託し、辺境を混乱に陥れることで新たな利権を作ろうとしていた。次に、襲撃に使われた武具の刻印。最後に、強請り屋として動員された者たちの供述。すべてが一つの筋で繋がっている。
会場はざわめいた。貴族の何人かが顔をこわばらせ、商会代表は紅潮する。王は眉を寄せて書類に目を通す。私の胸は高鳴ったが、それを表に出してはならない。ここは理詰めで押し切る場だ。
そのとき、狙い通りの証人が立った。襲撃の一員として捕らえられた者の一人――彼は王都に連行され、法廷で証言をしてくれることを申し出ていた。薄汚れた服の男の声は震えていたが、事実は淡々と語られていった。金を受け取り、刻印入りの武具を与えられ、指示に従って動いた。指示の出所は確かに王都の一部貴族と商会だ。
「では、直接的な証拠は?」と、ある伯爵が挑発的に言った。
「こちらです」リュシアンが言い、封印された帳簿を広げた。そこには金額、日付、手渡しの痕跡まですべて記されていた。インクの成分検査、紙の出所、筆跡鑑定――すでに我々は専門家を動かし、証拠の真贋を確認していた。
伯爵の顔色が青ざめる。だが彼はなお抵抗する。権力は、簡単には手放れない。だが次に来たのは更に決定的な一手だ。ミリアの偽証を示す録音である。ミリアが誰かに扇動されて虚偽の証言をする場面の音声が、法廷の大スクリーンに流れた。彼女の舌は明確に指示を受けていた――誰が、何を、どう偽証するかを。
その音声が流れた瞬間、会場は静寂に飲み込まれた。ミリアは真っ青な顔で椅子に座り、声を出せなくなった。エドワードの顔には怒りと狼狽が渦巻く。彼もまた、不可解な圧力に動かされていた一人だったのだろうか。
「これはどういうことだ!」王が怒りを露わにする。王の問いに対し、ある商会の代表が顔を赤らめながら言い訳を始めたが、リュシアンの掌握した連絡記録が次々と出てくる。証言は一貫し、帳簿は偽造や改竄の痕跡を暴かれ、関係者の多くが詰問の輪に取り込まれた。
最終的に王は決断を下した。関与が明らかな貴族と商会の幹部は仮拘束、公正な調査のための特別委員会が設置される。ミリアは公の場で謝罪することを命じられ、エドワードは王より一時的な職務停止処分を受けた。名誉の失墜は明白だった。
だが私が注目したのは、王の最後の一言だった。
「レティシア・アーベントハイン殿下、あなたはこの国の不正を暴いた。されど、あなたのやり方が何人かの不安を招いたのも事実だ。国の安定を損なうことのないよう、今後は助言を受ける形で進めるように」
私は静かに頷いた。王の言は柔らかくもあり、警告も含んでいた。権力を動かす者は、その重さを知っている。私の勝利は完全なものではない。だが、真実が表に出たことは確かだった。
会議が終わると、群衆の視線はまた私に向けられた。祝福も、疑念も両方あるだろう。だがその日の夜、ローデン領へ戻る馬車の中で、ガイルがぽつりと言った。
「お前のやり方は時に危なっかしいが……今日の結果は、間違いなく良かった」
「ありがとう、ガイル」私は彼の手を握る。彼の手は戦いの匂いを含み、温かかった。
リュシアンは窓の外を見ながら、静かに笑った。
「正義は金では買えない。だが、時には金を切ることが正義になる」
「あなたの代償は大きかった」私は言う。
彼は肩を竦めた。
「賭けはまだ続くさ。だが、今は一つだけ言おう。ローデンは、君たちの努力で確かに輝き始めた」
私は窓の外に目をやる。王都の灯りがゆっくりと流れていく。
胸の中には複雑な感情が湧く。ざまぁ、との快感だけではなく、責任と先行きへの不安もある。だが確かなのは、この一歩がローデンを救い、領民たちに笑顔を取り戻したということだ。
「これからも、守り続けます」私は小さく誓った。ガイルがうなずき、リュシアンがまた新たな手を打つために動き出す。外套の裾が静かに揺れ、夜風が馬車を撫でた。
王都会議で暴かれた真実は、王国に新たな風を吹き込む。だが腐敗が完全に消えたわけではない。戦いは続く。私たちは、次の一手を考えながら、ローデン領へと帰るのだった。




