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第11話『学術会議へ──外交の裏と、王都で芽生える新たな感情』

王都の朝は静かに明けた。

城下の通りはまだ人影まばらで、露店の準備の音だけが響く。私たちは、リュシアンの手配した小さな使者用の館に滞在していた。ガイルはいつもの鎧ではなく、軽装の礼服を羽織っている。彼がそれを着ると違和感が可愛らしくて、つい笑いそうになった。


「気を引き締めろ。ここは王都だ」

「大丈夫ですわ。王都暮らしで学んだプレゼン術、存分に発揮しますの」

ガイルはむっとした顔で私を見るが、声の端は和らいでいる。彼の視線の先には、私がどれほど堂々としているかよりも、無事に戻ることを願う気持ちがにじんでいた。


学術会議の会場は、王宮の附属研究院。中庭を囲む講堂には、各国の学者、商人、官僚が集まっていた。アレン王子は公国代表として壇上に立ち、穏やかな口調で会の趣旨を述べている。だが、その壇上にも政治的な緊張はありありと見て取れた。経済交流を装った利権のにおいが、あちこちから立ち上る。


私の出番は、午後の「地方産業と持続可能な流通」のセッション。壇上に上がると、会場の空気が一瞬静まる。ローデン領から来た実践者が、自分たちのやってきたことを語る――それだけで、ここへ来た意味がある。


「ローデン領では、農業と加工を同時に最適化することで、物流の負担を下げ、地域内での付加価値を上げてきました」

スキルの力、土壌改良、ハーブの付加価値化、魔光ランタンの意義――具体例を挙げて説明する。私は前職で培ったデータ整理の癖で、数値と図を交えて話す。学者たちは眉をひそめ、商人たちはメモをとり、官僚たちは思案顔になった。


講演の後、鋭い質問が飛ぶ。王都の有力商会の代表が、露骨に挑発的な口調で尋ねる。

「それほどの生産性が本当に持続可能なのか? 辺境の特殊条件があってのことではないか?」


私は即座に応じる。

「持続可能性は、技術の一時的な導入ではなく、教育と制度設計によって担保されます。ローデンでは、住民参加の協同組合方式で利益を還元しており、依存関係を生まない仕組みを構築しています」


会場の一角でリュシアンが軽く頷き、アレン王子は真剣な表情で私を見つめる。質疑は続き、私はひとつずつ論点を潰していった。やがて、会場のざわめきは肯定的な方向へ傾き始める。


だが、その直後――廊下で待機していた貴族の一団が、私のもとへ押し寄せた。主導者は、王都で勢力を持つ伯爵の一人だった。彼は皮肉混じりに笑いながら言う。

「なかなか面白い話だったな。だが、貴女の“成功”は我ら既得権益にとって脅威だ。商会と手を組むのは勝手だが、王都の安定をゆさぶるような動きは許せん」


その言葉に、私の背筋がぴんとする。政治的圧力。ここでもまた、利益をめぐる駆け引きが渦巻いている。私は深呼吸をして答えた。

「私が望むのは、誰かを排除することではありません。暮らす人々が安心して働ける仕組みを作ることです。協力は歓迎します。対立は無益です」


伯爵は睨みを利かせたが、直接手を出す者はいなかった。隣でアレン王子が小さく呻く。彼は政治的バランスを読みつつ、私を庇うように立っている。――その姿に、胸がじんと温かくなる。


会議の夜、夕食会場には各国の代表が集まっている。食卓の向こう側に座るのは、アレン王子と彼の随行士官。私たちは和やかな談笑を交わしていたが、ふと王子が言った。

「レティシアさん、あなたのやり方は学術的にも興味深い。ぜひ、我が国の青年農学校にて研修をしていただけないか」


その申し出は名誉であると同時に、さらに公的な関与を促すものだった。私が返答に困っていると、ガイルが短く割って入る。

「彼女はローデンの代表だ。行くにしても、我らの基準で行動する」


その一言に、王子は微笑んで頷いた。ガイルの干渉が、どこか安心感を与えるのを私は感じた。――それと同時に、胸の奥に小さな波紋が広がる。ガイルは“自分のもの”でありたいのだろうか。私もまた、彼にそうしてほしいとどこかで望んでいる自分がいる。


翌日、会議の会場で突如として場が騒然となった。ローデン領の成功を疎む勢力が、内部資料の偽造をリークしようとしている――という情報が飛び交ったのだ。情報の発端は不明。だが、こうした揺さぶりは政治の常套手段だ。私は冷静に対応を指示する。リュシアンが早速動き、情報源の洗い出しを始めた。


その過程で見えてきたのは、王都のある有力者と結びつく商会の一角だ。既得権益の抵抗は、私たちが想像したよりも強固で、巧妙だった。アレン王子は顔を曇らせ、私にささやいた。

「君たちを守るために、私も動こう。公国の影響力を少し使わせてほしい」


その申し出に、私は言葉を失った。外部の力を借りることは、短期的な防御策にはなるが、将来的な自立性を損なうリスクも伴う。私は深く考え、静かに答えた。

「まずは我々の情報網で内部を固めます。それでも足りなければ、その時はお願いするかもしれません。今は、ローデンが自力で立つことを示したいのです」


王子の瞳が柔らかくなる。彼は私の意志を尊重し、ただ一言――

「君の覚悟は、確かに強い」


会議の最終日、私の提案した協同組合モデルが小さな試験的承認を得た。完全な勝利ではないが、一歩を掴んだのだ。帰路、会場の石段でアレン王子がぽつりと漏らす。

「君を見ていると、我が国も変えられるのではないかと思ってしまう」


その言葉は静かだが、真摯で、胸に残る。私はふとガイルの顔を探す。彼は遠くからそれを見つめ、無言で私の手をぎゅっと握った。熱さが伝わり、私の心はまたひとつ、確かな場所を見つける。


王都での滞在は学びと試練の連続だった。得たものもあれば、失いかけたものもある。だが私の選択は変わらない。ローデン領の人々の笑顔を守り、持続可能な未来を築く――そのために動き続ける。


夜、窓辺で書簡をしたためながら、私は静かに呟いた。

「これからも、選ばれるのは誰かではなく、何を守るか」


遠くで、王都の喧騒が波のように続く。新たな感情が芽生え、私の決意はさらに確かになる。明日はまた別の戦いだ。だが、私はもう一人ではない。手を取り合う人々がいる限り、道は続いていくのだから。

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