表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢に転生した元OL、婚約破棄で辺境追放されたけどチート生産スキルで大繁栄! 今さら戻ってこいと言われても、もう遅いですわ!  作者: 和三盆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
104/105

第105話 「積み上がる声」

 雨が上がった翌朝の港は、妙に静かだった。


 空気が澄んでいる。


 濡れた木材の匂いと、潮の香りが混ざって、ひんやりと肺に入ってきた。


 作業は既に始まっている。


 だが、以前のような慌ただしさはない。


 人が走り回らなくなった。


 その代わり、立ち止まって話す姿が増えている。


「……止まりませんでしたね」


 隣でリュシアンが呟いた。


「ええ」


 私は港を見下ろす。


「昨日あれだけ工程を組み替えたのに、現場は回った」


 完全ではない。


 効率も落ちている。


 それでも、崩れなかった。


 それが大きい。


「以前なら、雨で遅れた時点で怒号が飛んでいたでしょうね」


「そうね」


 私は苦笑する。


「誰かの責任探しが始まってたと思うわ」


 遅れが発生すると、人は不安になる。


 不安になると、つい悪者を探したくなる。


 でも今の現場は少し違った。


 問題を、処理するものとして見始めている。


 その変化は、まだ小さい。


 けれど確実だった。


 午前。


 執務室に、一枚の紙が届けられた。


「……提案書?」


 私は目を瞬かせる。


 差出人は、港第三班。


 現場職人たちの連名だった。


 内容は簡潔だ。


『雨天時の資材保護布について、固定方式を変更したい』


「現場から、ですか」


 リュシアンも少し驚いた顔をする。


「ええ」


 私は紙を見つめた。


 以前なら、こんなものは上がってこなかった。


 現場は黙って従うだけ。


 改善案があっても、飲み込む。


 あるいは陰で愚痴になる。


 でも今は、言葉として上がってきている。


「……面白いわね」


 自然と口元が緩んだ。


「呼びましょう」


 やってきたのは、日に焼けた中年の職人だった。


 少し緊張している。


「第三班班長、ダグラスです」


「提案書、読んだわ」


 私は席を勧める。


「詳しく聞かせて」


 彼は一瞬だけ戸惑った顔をした。


 たぶん、説明を求められると思っていなかったのだろう。


「あ、ええと……今の固定方式だと、強風で布がめくれやすくてですね」


「雨水が横から入るんです」


「なるほど」


「で、船の帆止めで使ってる結び方を応用すれば、もっと安定するんじゃねぇかと……」


 話し始めると、彼の口調は少しずつ滑らかになっていった。


 現場を知る人間の話し方だ。


 実感がある。


 経験がある。


 私は途中で遮らず、最後まで聞いた。


「悪くない案ね」


 そう言うと、ダグラスは目を丸くした。


「試験導入しましょう」


「し、試すんですか?」


「ええ。ただし二区画限定で」


「効果測定も取る」


 彼は完全に固まっていた。


 無理もない。


 今までの常識なら、現場の職人が出した案など、勝手な口出しで終わっていたはずだ。


「……本当に、やるんですか」


「提案が合理的なら採用するわ」


 私は首を傾げる。


「逆に、しない理由ある?」


 ダグラスは何か言いかけて、結局言葉を飲み込んだ。


 代わりに、深く頭を下げる。


「ありがとうございます」


 その声には、妙な熱があった。



 午後になる頃には、その話が港全体へ広がっていた。


「第三班の案が通ったらしい」


「現場の提案で?」


「本当かよ……」


 ざわめきは小さい。


 だが、確実に空気が変わっていく。


 ガイルが苦笑混じりに言った。


「お前、とんでもないこと始めてるぞ」


「何が?」


「現場が“考えていい”って気づき始めてる」


 私は港を見ながら、小さく息を吐いた。


「気づいてもらわないと困るもの」


「普通は困るんだよ、そういうの」


 彼は肩をすくめる。


「上は面倒が増える」


「でしょうね」


「なのにお前、むしろ増やしてる」


 私は少しだけ黙った。


 前世では、改善提案制度なんてものもあった。


 けれど実際には、形だけ。


 提案しても握り潰される。


 あるいは、責任だけ押しつけられる。


 だから誰も言わなくなる。


 思考を止める。


 そして、組織も止まる。


「考える現場の方が、最終的には強いわ」


 ガイルはその横顔を見て、ふっと笑った。


「本当に、お前は変な領主だな」


 夕方。


 試験導入された固定方式は、想像以上に好評だった。


「布の張りが安定してます!」


「こっちの方が作業早いぞ!」


 現場の声が飛ぶ。


 ダグラスは信じられないものを見る顔をしていた。


 私は少し離れた場所から、その様子を見守る。


「嬉しそうですね」


 リュシアンが言う。


「当然よ」


「自分の考えたものが役立つのって、嬉しいもの」


 それは貴族も職人も関係ない。


 人は、自分の仕事が意味を持つと強くなる。


「……でも」


 私は静かに続ける。


「これで終わりじゃない」


「ええ」


「提案が増えれば、衝突も増える」


「全部は通せない」


「線引きも必要になる」


 理想論だけでは回らない。


 だからこそ、仕組みが要る。


 感情だけで決めないための基準が。


 それでも。


 今日この瞬間だけは、少しくらい喜んでもいいだろう。



 夜。


 執務室の机には、新しい紙束が置かれていた。


『雨天時の滑車保護について』


『荷運び経路の短縮案』


『仮置き場配置変更案』


 全部、現場からだ。


 私は思わず笑ってしまった。


「……早いわね」


 昨日まで黙っていた人たちが、もう動き始めている。


 声を上げ始めている。


 小さな波紋だったものが、少しずつ広がっていた。


 窓の外では、港の灯りが穏やかに揺れている。


 その光は以前より、少しだけ温かく見えた。


 たぶん今、この領地では。


 働かされているだけだった人たちが、作っている側へ変わり始めている。


 それが、どれほど大きな変化なのか。


 私は誰より知っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ