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悪役令嬢に転生した元OL、婚約破棄で辺境追放されたけどチート生産スキルで大繁栄! 今さら戻ってこいと言われても、もう遅いですわ!  作者: 和三盆


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第103話 「火種」

 港に、新しい声が増えていた。


「そこ、先に運べ!」


「いや、二区画が優先だ!」


「確認は取ったのか!?」


 以前より、人が喋るようになった。


 意見を出すようになった。


 止まっていた現場が動き始めた証拠でもある。


 けれど――。


「増えましたね」


 リュシアンが書類をめくりながら呟く。


「ええ」


 私は視線を港へ向けた。


「摩擦も」


 動く組織には熱が生まれる。


 熱が生まれれば、当然ぶつかる。


 問題は、その火をどう扱うかだ。


 昼過ぎ。


 港の第三倉庫前で、小さくない言い争いが起きた。


「だから、先にこっちへ回せって言ってるだろ!」


「順番を変えたら工程が崩れる!」


 声を荒げていたのは、古参の職人と若い監督官だった。


 周囲の空気も険悪だ。


 何人かは完全に手を止めている。


 私は現場へ向かいながら、小さく息を吐いた。


「内容は?」


 同行していた監督補佐に尋ねる。


「資材搬入の優先順位です」


「昨日の新基準を、現場側と監督側で違う解釈をしていて……」


 なるほど。


 制度が動き始めた時、必ず起きる問題だ。


 “言葉”だけが先に広がり、“感覚”が追いついていない。


「レティシア様だ!」


 誰かが声を上げる。


 途端に、その場の緊張が少し変わった。


 期待。


 あるいは、裁定待ち。


 私はそれを感じ取りながら、倉庫前へ歩み出る。


「説明して」


 短く促す。


 まず古参職人が前へ出た。


「俺たちは、二区画の基礎を優先しろって聞いてます」


「だが、監督側は三区画への資材移動を先に通した」


 続いて若い監督官。


「工程全体で見れば三区画の遅れの方が損失が大きいんです!」


「判断基準にも、全体効率を優先って――」


「現場止めてたら意味ねぇだろ!」


「だから全体を――!」


 再び空気が熱を帯びる。


 だが私は、すぐには止めなかった。


 二人とも、自分の持ち場を守ろうとしている。


 それ自体は悪くない。


 問題なのは――。


「基準が増えたことで、自分の正しさだけを見始めてる」


 私の言葉に、場が静まった。


 私はゆっくりと周囲を見渡す。


「二区画優先も正しい」


「全体効率優先も正しい」


「じゃあ、何が足りないと思う?」


 誰も答えない。


 いや、答えを探している。


「“調整”よ」


 私ははっきり言った。


「分散型っていうのはね、自分の正しさを主張する仕組みじゃない」


「違う判断を持ち寄って、擦り合わせる仕組み」


 風が吹く。


 港独特の塩の匂いが流れた。


「前の組織は単純だったわ」


「上が決める」


「下は従う」


「だから衝突は少ない」


 でも、と私は続ける。


「それは、“声を潰していた”だけ」


 古参職人が黙り込む。


 若い監督官も、拳を握ったまま視線を落とした。


「今は違う」


「意見が出る」


「ぶつかる」


「だったら必要なのは、勝ち負けじゃない」


 私は資材表を手に取る。


「落とし所を探す力よ」


 結局、その場では搬入量を再配分する形で決着した。


 二区画の優先を維持しつつ、三区画にも最低限の供給を回す。


 効率だけ見れば中途半端だ。


 だが、現場は再び動き出した。


「納得はしてない顔ですね」


 帰り道、リュシアンが言う。


「当然よ」


 私は苦笑した。


「全員が完全満足する調整なんて、そうそうないもの」


「ですが、不満は残ります」


「残るわ」


 即答する。


「でも、“話して決めた不満”は、押しつけられた不満よりずっと壊れにくい」


 彼は少し驚いたように目を瞬かせた。


「……壊れにくい」


「ええ」


 前世で嫌というほど見てきた。


 説明もなく決まり、責任だけ押しつけられる現場。


 不満は蓄積し、やがて爆発する。


 今やっているのは、その逆だ。


 面倒でも。


 遅くても。


 壊れにくくするための工程。


 夕暮れ。


 港の喧騒は少し落ち着いていた。


 だが、人々の表情は以前より疲れている。


 考える量が増えたからだ。


「楽な改革じゃねぇな」


 ガイルが木箱に腰掛けながら呟く。


「最初から分かってたでしょう?」


「まあな」


 彼は笑う。


「でも、お前も結構容赦ない」


「何が?」


「自分で考えろって空気を徹底してる」


 私は少しだけ黙った。


 前世では、それが当たり前だった。


 ……いや、正確には違う。


 考えろと言いながら、実際には考える余裕なんて与えられていなかった。


 だから私は、せめて。


 考えても潰れない場所を作りたい。


「誰か一人に依存する方が、もっと危ないわ」


 ガイルはその言葉を聞いて、ふっと目を細めた。


「お前、たまに妙に実感こもるよな」


「気のせいよ」


 私は視線を逸らす。


 前世の記憶は、もう遠い。


 それでも時々、胸の奥に黒い疲労感だけが蘇る。


 終電。


 鳴り続ける通知。


 責任だけ増えていく毎日。


 あんな場所には、二度としたくない。


 夜。


 執務室で、今日の報告書に目を通す。


 衝突件数、三件。


 調整成立、三件。


 作業遅延、小規模。


 私はペン先で数字をなぞった。


 問題は増えている。


 けれど同時に、“処理できる問題”にもなっている。


 それは確かな前進だった。


 窓の外では、港の灯りが揺れている。


 小さな火のように。


 火は危険だ。


 だが、火がなければ前には進めない。


「……火種、か」


 私は小さく呟く。


 組織が動き始めた証。


 熱を持ち始めた証。


 その火を消さず、燃やしすぎず。


 舵を取るのが、今の私の役目なのだろう。


 夜の港で、また一本、新しい杭が打ち込まれる音が響いた。

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