第14章 静寂からの再誕
私は岩の前でしゃがみ込み、クロスボウの矢の先端を上に向けて草むらに突き刺した。
ここは少し前に戦闘があった場所で、地面は踏み固められ、掘り返されたせいで土が緩くなっていた。広範囲に血痕が乾いて紫黒色の硬い塊となり、土に混じっている。
肉体から剥がれ落ちたと思われるパーツもいくつか見つかった。
普段は鶏を絞めて魚を捌くのさえ嫌悪感を覚える私だが、今は苛立ちを抑え、それらを一つ一つ退けていくしかなかった。
しばらく手間取ったが、子供の頃に砂山を作って遊んだ記憶を頼りに、12本の矢を等間隔に突き刺し、足で土を踏み固めて、即席の罠を作った。
明眼の者から見れば、罠と呼ぶに値しない代物だろう。しかし、相手は盲だ。手元にろくな道具もない。これで我慢するしかない。
その時、魔物は再び冷静さを取り戻し、首を傾げて風の音に耳を澄ませ、匂いを嗅ぐような仕草を見せた。再び強力な本能に頼って獲物を探しているのだろう。
風向きが変わる。私はそう感じた。
魔物の身体は徐々に富江の方へ向きを変えていく。
彼女の焼け焦げた身体は、風下に位置している。
こんなに遠い距離では、富江はまるで横たわる岩の影のようにしか見えない。彼女の表情など到底読み取れない。
今、彼女は身動き一つしない。いや、正確に言えば、逃げ出したくても、そのための力がないのだろう。
私は油断することなく、クロスボウを構え、魔物に向けて矢を放った。
その時、以前にも感じたことのある奇妙な感覚が再びよみがえってきた。
射撃の際、照準を合わせる必要がない。まるで照準が最初から身体の中に潜んでいて、何かの本能に変わってしまったかのようだ。
風のそよぎ、影の揺らめき、互いの距離、相手の動作。
それら全てが曖昧なデータへと変換され、一瞬にして計算を終え、心に映し出される。
これは、末日幻境に辿り着く以前には、いや、もっと正確に言えば、灰石を服用する以前にはなかった感覚だ。
もしかすると、富江の言う通り、私は斧を手に接近戦を挑むよりも、射撃の方が才能があるのかもしれない。
この突然現れた才能が、私たちの命を救った。
矢は鋭く魔物の股間を貫いた。
急所だ。
はっきりと見えたわけではないが、魔物の悲鳴を聞いた瞬間、私は思わず笑い声を漏らしてしまった。
「ここよ! 私はここにいるわ!」
魔物は怒り狂い、再び私に挑発されて逆上した。
その短気さと我慢のなさは、私が当初予想していた以上だった。確かに、あのビルの中では、強靭な肉体、音もなく忍び寄る能力、そして放電の才能が、魔物を恐るべき殺人者へと変貌させたのだろう。しかし、開けた草地では、まるでただの暴れん坊のようだ。
それでも、魔物は私を、この絶えず自分を嘲弄する声の主を、しっかりと記憶するだろうと私は確信していた。
予想通り、魔物は突進してきた。私は岩の背後に回り込み、岩をよじ登る。頂上に手をかけた時、地面に突き刺した矢が折れる音が聞こえた。
重い身体がバランスを崩し、岩に激突する。魔物の角が岩肌を抉り、穴を開けた。
巨大な衝撃が岩を震わせ、私を振り落としかけた。
私は必死に体勢を立て直し、数本の矢を魔物に向けて放った。
矢はまるで魔物の頑丈な皮膚に引っ掛かっているだけで、まるで効果がない。魔物は苦痛に顔を歪めたが、それでもがいているうちに、地面に転がり落ちた。
そして次の瞬間、予想外の、しかし喜ばしい出来事が起きた。
パキッという音と共に、角が折れた。角の先端部分は岩に突き刺さったままになっている。
全くの予想外だった。
魔物の顔に明らかな苦痛の色が浮かんだ。血まみれの顔が苦悶に歪んでいる。魔物は逃げ出そうとした。
私はクロスボウを投げ捨て、左手に握ったリボルバーを取り出し、魔物の額に一発撃ち込んだ。
これが計画の中で最も重要な一手だった。
そして、運は確かに私に味方した。
魔物は既に深手を負い、そこに最後の一発の銃弾が追い打ちをかけたことで、明らかに意識が朦朧とし始めていた。
魔物は激しく頭を振った。
そして再び岩に激突した。
横倒しになった身体で、岩にぶつかったのは、まさに斧が突き刺さった側だった。
そして、魔物の頭部は、ほとんど完全に切断された。
辛うじて皮一枚で繋がっているだけ。気管は間違いなく切断されただろう。
大量の鮮血が岩に降り注ぐ。魔物の身体が痙攣し続ける。
私は静かに、全てが計画通りに進む様子を見届けた。
張り詰めていた心がようやく弛緩し、同時に最後の気力も抜け落ちていく。まるで腑抜けになったかのように、私は岩の頂上からずるずると滑り落ち、岩肌に凭れかかって濁った空気を吐き出した。
頭は凝固したように思考が停止し、何も考えられなかった。
30秒ほど時間が経っただろうか。私は立ち上がり、岩の影から歩み出た。
魔物は血だまりの中に横たわっていた。既に叫び声を上げることも、身じろぎ一つすることもできなくなっていたが、まだ完全に死んではいないようだった。
以前、幽霊犬に対処した時のことを思い出し、私は菱形の印を呼び出した。
「データ。」
知識が脳裏の奥底から湧き上がってくる。
名称:角鬼
種族:魔物
能力:放電
評価:C
状態:瀕死
やはり、相手が抵抗できない状態になって初めて有効に機能するようだ。
この角鬼は幽霊犬よりもランクが一つ上のようだ。説明には放電能力が追加されている。気になるのは、幽霊犬の透明化能力が「能力」欄に記載されていないことだ。
これは、両者の種族的な区別に関係があるのだろうか?
幽霊犬の件があったので、私は角鬼の生命力の強さに驚きはしなかった。
私は力任せに魔物の身体を数回蹴りつけ、完全に抵抗する力がないことを確認した後、その身体を踏み台にして斧を抜き取った。そして、渾身の力を込めて魔物の頭部を踏み潰し、腹を切り裂いた。
心臓はやはり胸部にあった。しかし、常識的な「心臓」とは似ても似つかない。それは、まるで胡桃大の灰色の結晶体のようだった。無数の筋繊維がそれに付着し、微かに脈動している。
結晶体は多面体の形状をしているが、決して規則正しい形ではない。
まるで灰石によく似ている。
私は左手を差し出し、灰石の生成を開始した。
角鬼の肉体は瞬きする間に灰色の霧へと姿を変え、目に見えぬ力に導かれるように螺旋状に渦巻き、灰色の結晶体の中へと吸い込まれていく。灰色の霧が完全に消え去った時、灰色の結晶体は一回り大きくなったように見えた。
これが、今のところ手に入れた中で最大の灰石だ。
私はそれを拾い上げた。
角鬼の絶命後、それまで聞き慣れていた鉄扉を叩きつけるような激しい衝撃音が、唐突に静寂を際立たせる。
夜の静けさだけが、より一層際立って感じられた。
静まり返った夜の中に、再び不安なざわめきが生まれ始める。それは、遠くの木々の陰に、乱れた草むらの奥に、そして影に覆われ、はっきりと見えない場所に潜んでいる。
カシャン、と何かが金属製のものが地面に落ちる音がした。
私は驚きと疑念に駆られ、辺りを注意深く見回したが、何も見当たらない。しかし、草むらの揺れは激しさを増し、ざわめきの音も、もはやただの風の音ではない。
私はクロスボウを拾い上げ、富江のもとへ駆け出した。
異様な摩擦音は急速に増殖していく。
私が富江の腕を掴み、彼女を建物の中へ引きずり込もうとした時、その恐ろしい音は無数に重なり合い、まるで四方八方から聞こえてくるかのようだった。
音の正体はまだ姿を現さない。しかし、その存在は角鬼よりも遥かに恐ろしい。
私は腰をかがめ、富江を抱きかかえた。彼女は想像していたよりもずっと重い。
角鬼との戦闘で体力も消耗していた。しかし、正体不明の生物の脅威を前にして、私はまるで憑かれたように彼女を抱き上げ、階段を三歩、二歩と駆け上がり、拠点の中へと飛び込んだ。
そして、重い鉄扉をしっかりと閉ざした。
密閉された空間に身を置いたことで、ようやく一息つくことができた。
「一体、何なの?」
暗闇の中で、富江が呻き声のような小さな声で問いかけた。
「わからない。」
「入り口を塞いだら、窓から逃げるしかないわね。」
「どこもかしこも、逃げ場なんてない。」
「本当に、最悪な夜だわ。」富江はそう呟き、黙り込んだ。
私も苦笑いを返すしかなかった。そして、角鬼から生成した灰石を彼女の口に押し込んだ。
「早く良くなってくれ、富江。」