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第十一章 出撃


夜は水のように冷たかった。廊下から外を眺めると、風に揺れる影と輪郭が異様に現実感を失っていた。塀の外の世界は騒めき立ち、まるで百鬼夜行のようだった。目には見えないが、その兆候を音から感じ取ることができた。その騒がしさが、建物の中の不吉な静けさを一層際立たせていた。


新たな怪物はずいぶんと長い間三階を徘徊し、ついには私と富江の頭上で動きを止めた。息を詰めて、緊張しながら見上げた。まるで厚いコンクリートを透視してその姿を捉えようとするかのように。だが、それは何の音も立てず、安全とは程遠い状況だった。


富江は腕を振り上げ、前進の合図を送った。斧を構え、いつでも走り出せる体勢で腰をかがめ進む彼女に、私も一歩ずつ遅れずに続いた。時折、廊下の外側や背後を振り返りながら。階段に差し掛かった時、ひゅっと何かが走廊下を横切る気配がした。


三階から落ちてきたのだ。


私と富江は驚きで顔を見合わせ、互いの目を見た。私が前に出て、ボウガンを構え、射撃姿勢を維持しながら、手すりに身を預け下を覗き込んだ。


何もいない。


続けて左後方、そして上方を隈なく見回したが、やはり何も動く影は見当たらなかった。


その瞬間、建物内のすべての音が消え去った。だが、私は確信していた。あの怪物は私たちに気づいたのだ。どこかの暗がりに潜み、まるで熟練の狩人のように、ひっそりと私たちを観察している。その行動が予測できないことが、私に拭い去れない不安感を募らせた。


一歩ずつ、廊下から後退した。不用意に背を向ければ、怪物に命を奪われるかもしれない。ここはまだ二階だ。あの怪物は塀を飛び越えることができる。ならば、ここへ飛び上がってくることも容易いはずだ。もしかすると今、足元の見えない廊下の反対側に逆さまに張り付き、私が油断する瞬間を待ち構えているのかもしれない。


階段の入り口の壁に背を預け、顔をわずかに傾けて、同じように壁に寄りかかっている富江を見た。そして、小さく首を横に振った。彼女は階段の下をちらりと覗き込み、すぐに身を引いて、同じように首を横に振った。


彼女は指を二本立てて、階段の下を指し示した。


下へ行く、という意味だ。


私も同じ考えだった。幽霊犬とは違い、今回の怪物は姿を消すことはないようだ。ならば、障害物で身動きの取りづらい建物内よりも、広々とした庭の方が、まだ身をかわし、反撃の機会をうかがえるだけましだ。


今になって思えば、私は自縄自縛の状況に陥っているのかもしれない。しかし、どんな怪物に遭遇するかなど、誰が予測できただろうか? もし建物内に罠や障害物を設置していなければ、敵の接近をいち早く察知することもできなかっただろう。


富江は私にその場に留まるよう合図し、足元に転がっていた空き缶を拾い上げ、階段の下へと投げつけた。


空き缶は階段を跳ね、転がり落ち、鈍い音を立てた。


私は身を少し乗り出し、階段の手すり越しに、ジグザグに折れ曲がる階段の踊り場を見下ろした。


怪物はこちらの意図に気づいたようだ。黒い影が閃いた。私は逆に安堵した。やはり、知能よりも本能が勝るタイプの怪物なのだ。


それは凄まじい勢いで突進してきた。夜の闇をまとうように、その肥大化した輪郭が階段の通路を埋め尽くすほどだった。


これほどの大きさならば、射撃を外す心配はない。


私は躊躇なく引き金を引いた。強烈な反動が肩を叩いた。放たれたボルトは黒い影に命中し、鈍い音を響かせた。


怪物の傷の具合を確認する必要はない。私はすぐに壁の後ろに身を隠し、二本目のボルトを装填した。


怪物は、傷を負ってはいないようだった。だが、その攻撃は怪物の挑発心を煽ったようだ。耳をつんざくような叫び声を上げた。あれほどまでに重く、肥大した体躯からは想像できないほど、その叫び声は女のように甲高く、耳に突き刺さるようだった。


私が身を隠した瞬間、富江が階段の入り口に飛び出した。両手で斧を構え、一人で関門を守るかのように階段の真ん中に仁王立ちした。


彼女が何をしようとしているのか、もはや私には理解できなかった。ボルトはようやく溝に滑り込んだばかりだ。その時、怪物の怒りに満ちた叫び声が、耳をつんざくばかりの勢いで迫ってきた。私が反応するよりも早く、富江は雄叫びを上げながら斧を振りかぶり、飛び出してきた怪物と激突した。


瞬く間もなく、二つの影は廊下の外へと吹っ飛ばされた。


五メートルにも満たない高さから、鈍い衝撃音が階下から響いてきた。私は手すりまで駆け寄り、庭を見下ろした。二つの影が地面で激しくもつれ合っていた。小柄ながらも俊敏な影が、巨大な体躯の上によじ登り、まるでロデオの騎手のように、両足でしっかりと身を固定し、両手で斧を振り上げ、ありったけの力を込めて怪物の背を叩きつけた。


四度目の叩きつけで、ついに斧の刃が硬い皮膚を切り裂いた。よほど深い傷を負わせたのだろう。まるで噴水のように鮮血が噴き出し、富江の全身を赤く染め上げた。怪物は苦痛に身を捩り、富江は体勢を崩しかけた。


私の心臓は喉までせり上がり、照準器越しに怪物を捉えながらも、引き金を引くことができなかった。誤って富江を撃ってしまうことを恐れたのだ。


その時、ようやく怪物の全貌を捉えた。


やはり四足獣の姿をしているが、現実世界のどの生物にも似ていない異様な姿だった。尾はなく、体は逆三角形をしていた。胸部は異様に発達し、腰部は不自然なほど細くくびれていた。まるで漫画に出てくる筋肉隆々のキャラクターをそのまま現実世界に引きずり出したようだ。頭部には一尺ほどの角が生え、ワニのように突き出した口には、二本の牙がむき出しになって逆さまに生えていた。


首は意外にも短く、まるで人間のように見えた。富江に斬りつけられた首筋は、深く裂け、骨が露出しているようにも見えた。


怪物は噴水のように噴き出す血潮に向かって突進した。もしあのまま突っ込んでいけば、背に乗っている富江は間違いなく押し潰されて肉塊と化すだろう。だが、富江は間一髪のところで飛び降り、草むらで転がって体勢を立て直した。噴水のように水が噴き出す偽山は、怪物の突進を受け止めきれずに崩れ落ち、飛び散る岩の破片と共に水中に没し、激しい水音を立てた。


庭の外のゾンビたちは、激しい戦闘の音に引き寄せられ、徐々に数を増やし、鉄柵に折り重なるように押し寄せ、柵の間から手を伸ばし、悲痛な叫び声を上げていた。


富江は血まみれになりながらも、服を体にぴったりと張り付かせ、その見事な肢体を露わにしていたが、そこにエロティックな雰囲気は微塵もなかった。彼女は斧を手に、水面をじっと見つめていた。その姿は、戦士というよりも、むしろ屠殺者、あるいは連続殺人事件の現場に現れる猟奇的な殺人鬼のようだった。


およそ一秒間の静寂の後、水音が静まり始めた刹那、怪物は水面を突き破って身を起こし、耳をつんざくような叫び声を上げた。池の水は勢いよく溢れ出した。


だが、富江は微動だにしなかった。それどころか、怪物に負けじとばかりに咆哮を返した。その圧倒的な気迫は、怪物の威嚇をまるで断末魔の叫びのように変えてしまった。


「どうかしてる」


私は富江の表情を窺い知ることはできなかったが、彼女が理性的な判断力を失っているように感じた。しかし、同時に、今の富江はこれまで見たこともないほどの強大な力を手に入れていることも、また疑いようのない事実だった。


私は富江の異変を警戒しながらも、彼女が攻撃を開始する前に、怪物があけた口を狙ってボルトを放った。


怪物の皮膚は硬く、最初に放ったボルトは、怒りを買っただけで、ほとんどダメージを与えられなかった。だからこそ、今回は口腔という急所を狙ったのだ。しかし、動き続ける標的の口を正確に射抜くことは、弓弩を初めて手にする者にとっては至難の業だと言えるだろう。だが、どういうわけか、引き金を引く瞬間、私はこの一撃が必ず命中すると確信していた。


まるで、最も適切な瞬間に、最も正しい動作をしたことで、矢の軌道が目に浮かぶかのように。


かすかな風を切る音。それは、二つの咆哮を切り裂いた。


瞬く間――


ボルトはまるで毒蛇のように、怪物の口の中に突き刺さった。


怪物の怒号は、血の混じった苦悶の叫びに変わった。


怪物の巨体が、富江の目の前で崩れ落ちた。苦痛のためだろうか、その姿はまるで跪いているようにも見えた。


富江は一歩踏み出した。その瞬間、彼女の体はまるで倒れるかのように傾いた。


だが、それは倒れるのではない。最初の一歩から、彼女の体には爆発的な力が漲っていた。踏み込んだ草地は抉り取られ、土塊が宙を舞った。まるで砲弾が放たれたかのように、呼吸する間もなく、彼女の速度は瞬く間に最高速度に達した。


それは、もはや人間業とは思えない速度だった。



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