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第1話:エピローグ



 夜の街が赤色と青色のランプで染まっている。タワーの正面には警官隊がずらりと並び、重火器を手に、厳戒態勢を敷いていた。


 「……とうとうここまで追い詰めたのか、リジェンター」


 俺――スニッチャーは、タワーの少し離れたビルの屋上からその光景を見下ろし、ヘルメットのバイザー越しに深く息を吐く。

 リジェンターがこんな露骨に暴れ出すなんて、よほど追い詰められた証拠だろう。警察は令状を用意し、ついに奴を法の下に裁く段階までこぎつけた。だが、奴が素直に観念するとは思えない。



 俺がタワーの前に降り立つと、銃撃戦の最中、警官たちの叫び声がひっきりなしに飛び交っていた。市民が逃げ惑い、負傷者も出始めている。


 「くそっ……! 奴らの抵抗が想像以上に激しい!」

 前線に立つ隊長が無線に向かって怒鳴っている。


 そこで俺は意を決して、警官たちの防御ラインへ滑り込むように近づいた。

 「隊長、スニッチャーです。皆さんの応援に来ました」


 「スニッチャーか……またお前かよ」

 一人の警官が苛立ち混じりに吐き捨てるように言う。

 「違法行為の自称ヒーローなんざ、こっちの迷惑だって分かってんのか?」


 「申し訳ありません。だけど俺、こんな状況を見過ごせません。手助けしたいんです」

 俺は頭を下げるように謝罪する。警官は呆れたようにため息をつくが、反論しようとする前に隊長が口を挟んだ。


 「いいんだ、協力してくれ。正直、こっちは手が足りん! それに……お前なら市民の避難を優先して動いてくれるだろう?」

 隊長の言葉は苦々しかったが、信頼が垣間見えた。


 「もちろん、任せてください」



 タワーのエントランスでは、リジェンターの手下たちが強力な火器で警官たちを阻んでいた。市民たちは避難ルートを確保できず、その場で倒れ込んでいる人が何人もいる。


 「くそっ……ここもか!」

 俺は腕から展開したシールドで流れ弾を防ぎつつ、倒れている母子のもとへ駆け寄る。


 「大丈夫ですか? ここは危険です。僕に捕まってください」

 優しく呼びかけると、母親は泣きそうな顔で子どもを抱きしめながら必死に頷いた。


 シールドで弾を受け止めつつ、二人を安全なルートに誘導する。この瞬間、背後で爆音が鳴り響いた。手下が手榴弾を投げ込んできたのだ。


 「隊長! 後ろから手榴弾です!」

 俺は隊長にも警告し、すぐに母子を盾になる壁の陰へ移動させる。


 ドォン――という衝撃波で体が揺れたが、最低限のシールドで爆風を逸らし、なんとか母子を守りきる。


 「ありがとうございます……」

 母親は涙目でそう呟き、子どもを抱きしめたまま無事に逃げ出した。



 エントランスの制圧が進み、警官たちがリジェンターの部下を追い詰めはじめたころ、隊長が俺のもとへ駆け寄ってきた。


 「スニッチャー、上層階から“何か”を準備している音がするそうだ。部下が報告してきたんだが……ヤバい感じらしい」

 隊長の顔は明らかに険しく、嫌な予感が走る。


 俺には心当たりがあった。

 「最近、軍の研究機関から次元干渉技術に関する装置が盗まれたと聞きました。もしかすると、それが……」


 「マジかよ……。早く止めなきゃ、大惨事だ」

 隊長が歯を食いしばる。


 「俺が行きます。リジェンターがそれを使おうとしているなら、急がないと手遅れになる」


 隊長は迷うように一瞬考え込んだが、最終的に頷いた。

 「分かった、気をつけろよ。こっちも行ける者は送るが、お前の方が機動力はある。任せた」



 タワー内部の廊下を駆け抜けると、手下たちが最後の抵抗を見せてくる。だが、彼らの火力を突破して最上階にたどり着いた時、視界に飛び込んできたのは巨大なリング状の機械――その中心で、黒い斑点のような模様と白い閃光が入り混じり、不気味に脈動している。


 リジェンターはその装置の前に立ち、薄い笑みを浮かべていた。

 「スニッチャー……歓迎するよ。まさかここまで来るとはね。いや、お前みたいな目障りなネズミに“歓迎”なんて言わないか。むしろ罠を見事突破してきたお手柄だな?」


 装置の唸り声が強まり、空間が震えているのが分かる。

 「リジェンター……それが盗まれた次元干渉装置なのか?」


 「ふふ、そうさ。これさえ稼働すれば、私はこのくだらない街から脱出し、新たな世界で王となる。お前に台無しにされるわけにはいかないんだよ」


 俺は息を整え、静かに構えを取る。

 「あなたが逃げるために、この街を巻き込むのか……そんなのおかしい!」


 「黙れ、偽善者が! お前の『手助け』など、見ていて反吐が出る! 勝利するのは私だ!」


 リジェンターが装置に入力を行うと、黒い斑点がリング状に増え、まるで空間が崩壊するかのように歪み出した。金属的な音と眩しい光が交錯し、床や壁が振動する。


 「この街ごと全部消えても構わん! 私の勝利のためにな!」


 「そんなことさせない!」


 俺はリジェンターに向かって飛びかかり、激しい打撃の応酬が始まる。奴も洗練された装備を持ち、互角以上に戦ってくるが、何とか隙を突いて装置の制御盤へ手を伸ばした。


 「やめろ……!」

 リジェンターが不意打ちを仕掛け、俺の右腕を痛烈に殴りつける。激痛で一瞬意識が飛びそうになるが、ここで諦めるわけにはいかない。



 装置の暴走が限界を超え、周囲に黒い斑点が爆発的に増殖していく。まるで闇がまだらに紛れ込み、光が滲んでいるような不気味な景色。強烈な音が耳を割り、息すらままならない。


 「リジェンター、今すぐ止めろ! これ以上は……」


 「止まらん。いや、止める気もない。すでに勝利の条件を変えた。私はここから消え去り、この街は……終わりだ!」


 リジェンターが叫ぶ。その声もかき消されそうなほどの振動と光。俺は装置をかき抱えるようにして最後の手段を取ろうとする。


 「……もう間に合わないなら、せめて皆を巻き込まないように……!」


 歯を食いしばりながら、タワーの外に持ち出すべく装備を全力で稼働させる。

 だが、装置の出力が一気に跳ね上がり、黒い斑点が一斉に弾けるように光と合わさって爆発的な閃光を放った。


 街の夜景が消え、代わりに視界全体が斑点交じりの白い光で満たされる。耳鳴りと激しい痛みが体を襲う。


 意識が遠のいていく。装置の周囲の空間が裂けるように歪み、光と闇の斑点が螺旋を描いて俺を呑み込んだ。



 プロローグ:出会いの始まり


 冷たい地面に横たわる感覚だけが、かろうじて俺を現実に繋ぎ止めていた。全身に痛みが走り、体中の感覚が鈍っている。


 どこか遠くから、硬い靴が地面を叩く音が聞こえてくる。金属の響きが混じるその足音は、確かにこちらへと近づいていた。


 「……誰か、そこにいるのか?」


 乾いた声で問いかけたつもりだったが、自分の声はひどく弱々しかった。返事がないまま、足音が俺のすぐ近くで止まった。


 「動くな!」

 高く澄んだ、けれども鋭い声が耳に飛び込む。


 視界がぼやけたまま薄目を開けると、そこには甲冑を身にまとい、腰に剣を携えた一人の女性が立っていた。肩には金色の紋章をあしらったマントがかかり、その姿は誰が見ても立派な騎士だった。


 「お前、何者だ?」

 彼女は剣を抜き、俺に向けて構える。その動きにはためらいがない。だが、彼女の瞳には警戒心だけでなく、冷静な判断をしようとする意志が宿っていた。


 俺はゆっくりと手を挙げ、敵意がないことを示す。

 「俺は……何者って……。それが知りたいのは、俺の方だ」


 彼女は眉をひそめ、俺をじっと見つめた。


 「その装備……この国のどの騎士団のものでもない。ましてや、この世界の技術ですらない。まさか、異邦の者か?」


 異邦の者――その言葉に、俺の胸がざわめいた。


 「ここは……どこだ? あんたは……」

 俺は体を起こそうとするが、手足に力が入らず、地面に崩れ落ちる。


 その様子を見て、彼女は剣をわずかに下げた。敵ではないと判断したのだろう。


 「ここはヴァレリア王国だ。私は近衛騎士、フィリア=エストリア。国境近くの森を巡回中に、ここで倒れているお前を見つけた」


 彼女はそう言って少し距離を詰めると、俺の顔を覗き込むように見下ろした。


 「もう一度聞く。お前は何者だ?」


 俺は答えたくても、自分自身の立場が分からず、言葉に詰まる。

 「……スニッチャーだ……ただの手助けをする者……の、つもりだった」


 「スニッチャー……?」

 フィリアは困惑したように眉を寄せた。


 その時、俺の意識がまた薄れていくのを感じた。これ以上話を続けるのは無理そうだ。


 「……悪いけど……少しだけ……休ませてくれ……」


 フィリアが何か言いかけた声を最後に、俺の意識は再び闇へと落ちていった。


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