第六話 良いこと三つ
ゴトゴトと帰りの馬車に乗りながら、私は先ほど会ったウネマ王国の男、マシャドのことを考えていた。
褐色の肌に黒い髪、血の様に赤い瞳、そして何より帝国の貴族男性には無い筋肉とケモミミ‼‼
周囲が獣同然とばかり言うし、出ている書籍にも二足歩行の獣と書かれていたから本当にどうなることかと思ったけど……全然アリ!!
というか最高‼‼
流石にマントの下が上半身裸に近い様な恰好は目のやり場に困ったけど、私は結構筋肉フェチだ。
あの大胸筋‼掴まったとき触れてしまった上腕二頭筋‼‼そして忘れてはならない腹斜筋‼‼
ゴリマッチョではない‼良い感じの細マッチョだ。
キャーーー‼
今思い出してもちょっとにやけてしまう。
ケモミミは猫っぽい感じがしていたが、普通の猫耳よりも少し丸い気がした。
ウネマ王国の人は二足歩行と本物の獣の姿を行き来すると言われている。
あの体格で可愛い黒猫だとしたら最高‼萌える!
膝に乗せて肉球をプニプニしたい‼けど猫になったら筋肉はちょっと抑え気味が良い‼
でも彼らのマナーが分からないから黒猫なのか聞くに聞けない‼
そんなことを考えていると、馬車が止まり、扉が開けばそこにはお兄様が待ってくれていた。
「お帰りアンジー、その顔を見るに良い事があったようだね」
兄に差し出された手を取りながら私は大きく頷いた。
「えぇ!それも3つも‼」
良いこと一つめ。
ウネマ王国の人に嫌悪感どころか好感をいだいたこと。
マシャドさんと同じような見た目であればということだけど。
良いこと二つめ。
騎士団長への作戦が決まったこと。
「へぇ?どんな作戦なんだい?」
「フフッそれは当日のお楽しみです、早速明日から取り掛かります!」
兄にエスコートされながら皇宮の食堂へと向かう。
もう夕食の時間だった。
「三つめは?」
「三つめは……」
言いかけたとき、食堂に入るとそこには疲れきったお父様が居た。
心のお疲れ度72%とある。
普段はもっと低いはずなのに、恐らく私の婚姻のことで思い詰めてしまっているのだろう。
「お待たせいたしました、お父様」
兄から離れ、父の傍に立ち淑女の礼を取ると、父は鷹揚に頷いてくれた。
「あぁ大丈夫、そんなに待っていないよ」
「……お父様そんなに思い詰めないでください。私はこの婚姻を受け入れようと思います、今日ウネマ王国の方にお会いしましたがとても良い方でしたよ」
「アンジー!それは‼」
「それともう一つご報告することがあります」
席から立ちあがったお父様の手をそっと握り、私は魔力を込めた。
昼間は明るすぎて見えなかった淡く白い光がお父様を包み込む。
お父様も、近くに居たお兄様も目を見開いて私を凝視していた。
マシャドさんに触れたとき、私の魔法の本当の使い方に気がついたのだ。
私が他者の心のお疲れ度を見られるのはただの副産物に過ぎない。
じっとお父様の心のお疲れ度を見ていると72から徐々に69、55、40と減っていく。
「この魔法の本来の使い道は、他者の心を癒すことにあるようです」
翌日、朝。
私はまたしても騎士団演習場に来ていた。
「おやおやおや癒しの皇女殿下!今日も朝早くから騎士団の見学ですかな?」
演習場に向かうと一番に声をかけてきたのは騎士団長だった。
「もう魔法のこと知っているんですね」
「えぇ、陛下より皇女殿下の魔法が覚醒したから騎士団の精神的疲労が強い者は診てもらうように仰せつかっておりまして、まぁ騎士団員にはその様な心根の弱い者はいないとお伝えしましたが」
「私から見れば十分居ますが」
「それは皇女殿下の眼が曇っているのでしょう」
にっこりと笑顔で睨み合い、私は安心して溜め息をついた。
「良かったです!騎士団長がお変わりないようで‼これで心置きなく叩き潰せます!」
「ハッ!まだそんな世迷言をおっしゃいますか!お見せしたでしょう私が出す騎士団員は副騎士団長と」
「えぇ!ですから私も私の部隊の人達をお見せするためにここに来たんです。皆さん‼もっと近くで団員の〝日常〟を見てください‼」
私が呼びかけると10人の老若男女がぞろぞろと廊下の影から出てきた。
老若男女とは言うものの、老年男女5、中年女性3、10歳程の少年少女1ずつの割合でおよそ騎士団に勝ちにいく面子ではない。
ただの老若男女ならばの話だが。
騎士団長が訝しんでいると一番始めに反応したのは棍棒を持った男、副騎士団長だった。
「ば、ばあちゃん⁉」
「エイベル‼‼あんたその棒きれで若ぇモンになんばしよっとか⁉」
「ち、違うんだばあちゃんこれは教育で……」
「こん馬鹿垂れが‼‼笑顔で棒きれぶん回すことの何が教育だで‼そんげ言うなら儂が教育しちゃる‼そん棒切れよこしんしゃい‼」
「ば、ばあちゃん~‼‼勘弁してくれよー‼‼」
他にも続々と出場予定の騎士に食って掛かるご親族の方々。
「母さん⁉」
「祖父ちゃん‼‼」
事前に状況を説明して、体罰と食事制限を容認出来ないと立ち上がってくれた人だけを連れてきたが……。
思ったよりパワフル‼
彼らは騎士団演習場には入っていないというのに、その凄まじい威勢は騎士団員全体をかき乱すのには十分だった。
「……やってくれましたね。もっと正々堂々我々と向き合うべきでは?」
騎士団長は苦々し気に言ったが私はそれを鼻で笑った。
「あら!私、第一皇女ですけど騎士になった覚えはないんです!それに騎士とは真正面から襲ってくる相手にしか勝てないのですかぁ??」
嫌味ったらしく言えば騎士団長は歯をギチギチ鳴らしながらこすり合わせていた。
「フフ!それと騎士団長、まだ勝敗の明確な判定方法を決めていませんでしたよね?」
「それはこちらに合わせてもらう‼」
「あら‼平均年齢71歳の部隊に対して何の温情も無いなんて民が聞いたら泣いて喜びますね!」
「‼‼‼皇女殿下まさか記者にこのことを‼」
焦った騎士団長に私は軽い笑顔で返した。
「何のことでしょう?ただ民が聞いたらどう思うのかの感想を述べただけですがぁ??」
騎士団長の心情として、誇り高き騎士が身内に怒られているこの様を民に見られるのだけは絶対に避けたいはず。
騎士団長は先ほどよりも鋭い瞳で聞いてきた。
「何がお望みですかな‼‼皇女殿下‼‼」
「アハッ!そんなに怒らないでください、決戦の日は一週間後、私の住む宮で行いましょう。勝敗は平和的にこの赤いシデの実をつけられた方の負け、でどうですか?」
「いいでしょう‼‼一週間後‼必ず我ら誇り高き騎士団が勝ってみせます‼」
「楽しみです!」
にっこりと笑顔で返すと、騎士団長の顔は更に歪んだ。
マシャド式 劣勢勝利術極意その一。
ブライドは捨て、相手の虚と弱点をこれでもかというほどに突く。
極意を教えてもらったときこのメンバーにしたいと言うと、マシャドさんは大笑いしていたが良い案だと褒めてくれた。ちなみにあおりはアドリブ。
『ハハハハハ‼面白いことを考えつきますね‼多分それなら勝てますよ‼』
猫耳褐色細マッチョとのやり取りを思い出しつつ、私はほっこりしながら次の極意完遂のために駒を進めた。
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