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第五話 甘い香りの次期王妃

『ホリングワース帝国第一皇女アンジェラ・ホリングワースです。貴方ハ?』


微妙に変な発音で返してきた女は俺、マシャドが怖いらしく泣きながら名乗った。

帝国の第一皇女といえば、これから王国の次期国王と婚姻を結び、次期王妃になる女だった。


〝また〟俺を馬鹿にする人間が現れたのかと思い怒鳴りつけたことを激しく後悔しつつ俺は緊張しながら習った通りに跪いた。


『……申し訳ございません。マシャドと申します、次期王妃殿下』


最悪だ。

大臣に帝国一の魚を捕ってこいと言われたから、絶壁から一番大きい魚影を狙っていただけなのに魚は捕れないし次期王妃に無礼を働いたとなれば俺は貧民に逆戻りかもしれない。


俺の挨拶に次期王妃は少し困った様に笑った。

こんな礼儀知らずは初めてだと思ったのだろうか?

面倒くさい。

帝国の女は弱いくせに高慢で下の者をゴミ扱いすると聞いているし、関わりたくなかった。


『あの、まだ婚約をしたわけではナイので、次期王妃はヤメテください……マシャドさんは、その……何をしていたのデスカ?オサンポ?』


こんな真昼間から散歩できるほど優雅な生活を送っているのはアンタみたいな上の人間だけだ。

と、心では思ったが流石に命が惜しいので正直に答えた。


『いえ、大臣より帝国一の魚を捕ってくるように言われたので魚影の大きさを見比べてました』


次期王妃はきょとんと眼を見開くと震えた足で立ち上がり、下との距離を見計らった。


『大きさヲ見比べても下に行くまでに逃げてシマウノデハないですか?それにここで見ても帝国一の大きさカハ分からないでしょう?』


『崖から飛び降りて捕まえに行きます。これくらいの高さなら飛び出た岩を中継すれば死にません。帝国一の大きさかは……何とか一番でかいのを持って行きます』


でないと大臣からまた能無し扱いされてしまう。

その言葉は言わずに伝えると次期王妃は青色の瞳を丸くして俺を見た。


『ここから飛び降りテも問題無いんデスカ??』

『えぇ、これくらいなら別に……』


次期王妃は頭を抱えて何かを呟いたと思ったら俺の頭の上を見た。

さっきからしきりに俺の頭の上を見てくるが何なんだ。

耳が珍しいのかと思ったが微妙に視線が違うし……。


『……どうやら貴方の邪魔をシテシマッタ様ですネ。すみません。代わりに私が帝国一の魚が捕れるところに案内シマス。確認ですが大臣は帝国一の魚を捕ってこいと言っただけですよね?』


『??はい、帝国一の魚としか言いませんでした』


頷くと次期王妃は馬車に向かって歩き出した。

まだ足が震えているらしく、ふらついている所を支えてやると彼女に触れた瞬間心地良い風が吹いた。


暖かい長閑(のどか)な風、そして彼女自身からは太陽を浴びた甘い果実の香りがする。

次期王妃の方も俺に触れた瞬間驚いた顔をして、俺の頭の上を凝視していた。


何かあるのかと上を見てみるが、青空以外見当たらない。

周りの騎士達が俺と次期王妃の触れている部分を睨むので手を離そうとすると、逆に彼女の方から掴まってきた。


『……まだ、足が震えてイルのでエスコートしてもらっても?』


エスコートというのはよく分からないが、俺ももう少し彼女に触れていたい気分だったので知っている風で頷いて歩調を合わせて馬車まで歩いてやった。

馬車に乗せると次期王妃は俺にも乗る様に言って来た。


ウネマ王国の者であれば元貧民の俺と同乗しようなんて思わない。

この女に一言俺は元貧民だと言ってもいいが……やめた。

次期王妃の近くに居るのは何だかさっきよりも心地良いし。


『その入れ墨は自分デしたのですカ?』


『あぁ!これ‼こっちの人間はしないみたいですね、これは王国で強者の証です。入れ墨が多い者ほど強く、俺は南大陸で3番目に強い‼その証です!』


次期王妃は驚いていたが興味津々で聞いてきた。


『なら戦術などモ得意ですか?』

『得意です……俺は戦いが出来ることで今の地位を手に入れましたから‼』


正直、賢そうなお上品言葉は嫌いだ。

でも次期王妃は俺に興味があるみたいだし、貧民出身とバレたくない。

内心緊張しながらも自信満々に答えると次期王妃は更に目を輝かせた。


『マシャドさん!私ニ戦い方ヲ教えテクださい!』

『は??』


帝国の女は弱く、その弱さを当たり前としていて戦いになど興味が無いと聞いていた。

強さが重要な価値基準となるウネマ王国とは全く違うと聞いていた。

この次期王妃はどうやら普通とは違うらしい。


『誰か勝ちたい人が居るのですか?』

『…………笑わないでくださイネ……帝国の騎士団長、ツマリこの帝国で一番強い人が指揮スル部隊に勝ちたいんです』


『プッ!アハハハハハハハ‼次期王妃殿下が‼帝国一の男に勝ちたいんですか⁉』


俺が笑ったことで次期王妃は気を悪くしたらしく、顔をしかめて外を見始めた。

風に金色の髪が(なび)き、王国よりも弱い太陽が彼女の青色の瞳を輝かせる。


首も腕も腰も細い、一度も剣はおろか重い物を持ったことのないような綺麗な手。

そんな彼女がいきなり帝国騎士団に勝ちたいと言い出すなど、戦いしか能の無い俺が興味をもたないわけがない。

俺は笑いをかみ殺して、神妙な顔で聞いた。


『そういえば始めのテイ……キ、あれはもしかして』

『帝国騎士団のことデス。私はどうしても騎士団長の部隊ニ勝ちたいんです!』


眉間に皺を寄せながら強い瞳で俺を見据えてくる。

どう見たって捕食される側の彼女が強者に一矢報いようとしている、その姿が無性に可愛く思えてきた。


『ならば、俺が戦いの勝ち方を教えましょう。大丈夫、俺は74対1でも勝ったことがあります。劣勢なら劣勢なりの戦い方があります』





しばらく次期王妃と帝国騎士団との戦い方を相談していると、馬車が止まり御者が声をかけてきた。


彼女が先に降りてその後、俺が続く。

馬車から降りた先には大きないけすが広がっており、彼女はそこの責任者と交渉を始めていた。


いけすの中を見ると3、4㎏くらいの魚が泳いでいる。

それなりに大きいと言えば大きいのだが、大臣の求める大きさでは絶対にない。


『マシャドさん!ココノ魚は帝国一美味しい魚でス!煮ても焼いても揚げても合いますよ。ココの経営者に交渉して捕る許可ももらいました!』


許可を取ったと言っていたがこの次期王妃が経営者に金を渡しているのを俺は見ている。


『俺、金は……』

『私が払いまシタ!戦い方を教えてくれたお礼に‼……そもそも、貴方の居た絶壁のある港も漁業権を持っていなければ本来漁をしてはいけないんですよ?』


『漁業権??…………』


よく分からないが、本来俺のやっていたこと自体駄目なことだけは理解できた。

奴隷から平民になってずっとこうだ。

本当だったら俺は南大陸制覇の功労者としてもっと特別扱いされてもいいのに、物を知らないせいでいつも馬鹿にされる。


落ち込んでいると次期王妃は俺の背中をポンと軽く押した。


『南大陸で3番目に強いのでショウ?私に見せてクれませんか?』

『……魚を捕るなんて誰にでもできます』


ただ、少しでも格好よく見えるように俺はいけすの淵にしゃがむと集中して泳ぐ魚を見つめた。

従業員が釣り竿をもって来ようとしたのが見えたが、彼が辿り着く前に俺は上に一瞬上がってきた魚を一度に三匹、片手で仕留めた。


「すごい‼」


帝国語で褒めてくる次期王妃の言葉がちょっとこそばゆい。

持っていた袋に魚を入れ、責任者に礼を言い、俺は真っすぐ次期王妃の所に戻り頭を下げた。


『ありがとうございます。これで大臣に怒られなくて済む』

『フフッどういたしまして!さぁ戻りましょう?モウ日暮れです!』


金色の彼女の髪が夕日に照らされて一層輝きを増して(なび)く。

思わず捕まえたくなる衝動に駆られ、俺は手を伸ばし、そのままひっこめた。


この人は次期国王と婚姻をする人。

今は偶々俺に声をかけて親し気にしてくれているが、本当なら会話をすることはほとんどない人。


『マシャドさん?』

『……何でもありません……帰りましょう』


奴隷だったとき、ひたすらに自由と権力が欲しくてがむしゃらに戦い、勝利し続け、やっと手に入れた現在の騎士という地位。

あの時の様な乾きが何となく戻ってきているのを感じながら、俺は知らないフリをして一緒に馬車に乗り、港へと戻った。


そして大臣はというと、彼女の言った通り帝国一の美味い魚だと話せば笑って機嫌よくしていた。


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