第三話 謎の根性理論
「根性だ‼根性を見せろ‼‼」
「はい゛‼‼腕立て1000回、始め‼‼」
「…………」
「いかがですかな皇女殿下、私の騎士団は」
倒れた翌日、私は朝早くから騎士団の演習場に来ていた。
「その……すごい熱気ですね」
「そうでしょう!そうでしょう!」
私の横でご機嫌に騎士団の仕事を説明する騎士団長の心のお疲れ度は8。極めて低い。
対して遠目で見える騎士団員はというと……。
67、72、61、66、71
新兵らしき若い騎士を中心に軒並み数字が高い。
ちなみに市井でのおおよその平均は30前後。
偶に騎士団長と同じで生き生きと腕立てをしている騎士もいるけれど。
「皇子殿下から伺いました。何やら業務改善をするとか」
「えぇ、そうなんです」
「ははぁ、殊勝な心掛けだとは存じますが我が騎士団には改善するべき箇所などありませんよ、他の場所にご案内しましょうか??」
自分の騎士団に自信を持っている+一度も働いたことのない小娘が何を言っているのか、という気持ちの現れた言葉だった。
「いえ、我が騎士団の勇猛さをしっかりと見たいという思いもあって今日は参りました。皇女であるがゆえに我が帝国騎士団の素晴らしさを知りたいのです。お邪魔でしょうか?」
基本的に、下手に出て貴方の技術がすごいから勉強したいんです、と伝えれば大抵の人間は快く色々と教えてくれる。
杏の時にやった方法の一つだった。
オリバー騎士団長は私の言葉に気を良くし、胸をそらした。
「とんでもない‼どうぞ心ゆくまでご覧になってください!」
にっこりと笑顔で返してまた騎士団の方に向き直る。
「根性だ‼根性を出せ‼このクズ野郎共‼‼」
指揮をとっている中年男はしきりに棍棒を自身の手にペシペシ当てながらサボっている者がいないかを確認している。
一人、また一人と年若い青年たちが潰れていくと怒鳴りつけ、蹴りつけ、棍棒で殴って立たせている。
年若い騎士達は食事制限でもされているのかガリガリにやせ細り、見るからに根性などの域ではなく、体力が無さそうだ。
「根性がないから体力も無いんだ‼お前らもっと根性を見せろ‼‼でないと今日も食事抜きにするぞ‼‼」
「…………ひどい……」
「今なんと?」
私が小さく呟いた言葉を聞き逃す騎士団長では無かった。
中年男性、しかも明らかに自分よりも腕っぷしの強い男の低い声音に心臓がドキリと痛んだ。
怖い……。
人は今までの自分の経験を正しい物と見る傾向がある。
私は今、彼の正義を傷つけたも同じ。
私の命や帝国全土の平和を守ってくれている、実績もある彼にたてつくのはまずい。
……けど。
ふと、杏の時の記憶が蘇った。
あのとき、誰かが助けてくれるなんて言うのは想像だにしていなかった。
でももしも!誰かが助けてくれていたのなら、私は凍死するほどには追い詰められなかったはずだ。
震える拳を握りしめ、今棍棒で殴られている年若い騎士達をしっかりと見つめた。
大丈夫、私は今皇女だ。
身分は私の方が高い。
「ハァ、高貴な皇女殿下には理解出来ないでしょうが」
「非効率的ですね」
たらたらと適当な言葉を並べようとした騎士団長の言葉を遮り、私は一言ハッキリと呟いた。
私の言葉を聞いた騎士団長の茶色い瞳は一瞬にして怒りに燃え盛る。
小娘が何を言っているのだと。
「……皇女殿下、無礼を承知で一つよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
私がじっと騎士団長を睨みつけながら返事をすると、彼は威圧するように一歩近寄り見下してきた。
年上に文句をつけるなんて、杏の時もアンジェラになってからも経験は無い。
心臓がドキドキしてアドレナリンが出ているのか不思議な高揚感が襲ってくる。
「あなた方皇族を守っているのは我々騎士団です。我々が弱くても貴方は良いとおっしゃるのか?」
「いいえ、私が言いたいのは非効率的だと言っているのです。そもそも根性があれば体力があるなどどういう理屈から成り立っているのです?彼らは食事も抜かれているようですが、そんな状況下でどう体力をつけろと?」
「すべての行いは心根から始まります。貴方はご存じないでしょうが死線をくぐりぬけるには」
「死線なら既に体験致しました‼貴方の言うギリギリの極限状態において意志の強さが決め手になることも理解は出来ます‼ですが日常においてこれほど追い詰める理屈を問うているのです‼‼
答えなさい騎士団長‼‼
あの棍棒を持った騎士は笑いながら若い騎士を叩いています‼私の眼には‼彼がその役割の意味を理解して行っているとは到底思えません‼‼
彼が笑いながら人を傷つける理屈は何ですか⁉それともそれさえ日常から死線をくぐらせるためだとおっしゃいますか⁉」
アンジェラになってから、小さい頃の我儘以外で私は初めて声を荒げて怒った。
息は上がるし緊張と興奮で手は震えるし、正直すごく怖い。
けどそんな私とは裏腹に、突然淑女の仮面を脱ぎ捨てた私を騎士団長は目を丸くして見つめていた。
一瞬固まった次の瞬間、彼は私に気圧されたその事実が恥ずかしいのか顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。
「ではどうしろと⁉夢物語では人は救えないのですよ皇女殿下‼‼」
画一的な訓練をやめてください。
そう言おうとして、私は押し黙った。
彼らは騎士であり、言い方は悪いが帝国の駒となる人材だ。
チェスではポーンが、将棋では歩の駒が必要不可欠なように国を守るには一定の規準を満たした大勢の人間が必要。
でも体罰は脳を委縮させるし、彼らは今も怯えながら騎士の訓練を受けている。
その状態が騎士団に良いとは到底思えない。
上官に怯えながら敵と戦ったとして、勝てる確率は減るだろう。
完璧な方法とはいえないけど……。
「体罰ではなく、減給か掃除や雑用、などの罰に変えてください!」
「はぁ~~~~‼皇女殿下、我々騎士団は今のやり方で数百年この帝国を守ってきたのです。ただの殿下の思いつきでこの帝国を滅ぼすおつもりですか?」
「体罰が無ければ滅びるほどに帝国騎士団は弱いのですか⁉」
「高貴な身分とはいえ、たかだか17年生きただけでは理解できないこともあるのですよ」
「では有用性が示せれば体罰は撤廃してくれますか?」
「えぇまぁ……プッ!女性には分からんでしょうが無理ですよそんなこと」
「……無理かどうかはやって見なければ分かりません‼そこまで言うのなら私が‼騎士の訓練など受けたことの無い者と共に帝国騎士団に勝てば有用性を示したことになりますね⁉」
「プッ!ハッハハハハハハ‼‼殿下が‼直接指導なさると⁉ご自身で戦ったことも無いのに⁉」
「…………」
まずい、どうしよう。
つい熱が入りすぎて余計なこと言っちゃったかもしれない……。
こっちには前世知識があるとはいえ、使えそうな知識無いし、私格闘技の経験も無い。
でも、これくらい言わないと騎士団長は聞いてくれないし。
騎士団長はしばらく笑い転げ、収まると自身のヒゲを伸ばしながら私を覗き込んできた。
「いいでしょう!そこまで言うのなら‼もしも我が帝国騎士団が負ける様なことがあれば指導内容を改めましょう‼しかしこちらが勝てば今後一切殿下の指摘は受け入れないものとします!」
「わ、分かりました‼ですがこちらが勝てば無意味な体罰は一切禁止致します‼食事制限も‼そして騎士団長‼‼私への数々の非礼も詫びていただきましょう‼‼」
私がもう残り少ない勇気を振り絞って吠えると、騎士団長は大笑いをしながら去って行った。