第二十話 予算
皇宮図書館の一角。
鍵付きの密室の中、私達は侍女に紅茶を淹れてもらい、書類の山と格闘していた。
私達、というともちろん複数人居る。
1人目はもちろん私。
2人目は財務大臣から遣わされたアスカム秘書。
彼は渋い顔をしながら私が先日から借りている騎士団の帳簿の山を私以外が閲覧しないように厳しく見張っている。
3人目は以前からお世話になっているモーリス先生。
そして侍女を抜けば最後の4人目、算術の先生であるアンガス先生である。
私達が何をしているかというと、ひたすら騎士団の予算申請のための証拠集めをしていた。
何が何やら分からないと思うので話を戻そう。
発端は数日前のこと。
「では、こちらが騎士団の100年前から400年前の帳簿です。閲覧は財務大臣秘書である私の前でのみ可能となります」
騎士団長からサインをもらい、私は約400年分の帳簿を借り入れていた。
というのもどうしても騎士団の食事制限が腑に落ちなかったからだった。
パワハラは100歩譲ってあり得るとしても食事制限は騎士を強くしようとする行為に含まれないと思う。
そのため食費を見ていけばいつからの伝統なのかを発見でき、そのときの状況を知れば何がきっかけで食事制限が始まったのかが分かるかもしれないと思ったのだ。
けれど、事態はそんな簡単な話ではなかった。
「あれ⁉アスカムさん、確か帝国の年度始めって10月ですよね?なら10月のこの割り振られている予算が全て騎士団に当てられたその年の予算で合っていますか?」
私の質問にアスカムさんは面倒くさそうに溜め息を吐く。
いくら巷では聖女と呼ばれているとはいえ、帝国は結構男社会なところがある。
普段から領地経営をしているマダム達ならいざ知らず、私が帳簿を見れるのか怪しんでいるのかもしれない。
けど、見たら帳簿の書き方は時代柄か、この世界特有なのか前世の家計簿くらいで作りは単純になっていた。
「はいそうですよ、皇女殿下。歴史の授業で習ったかと思いますが、物価は年々上昇傾向にあります。ですからいくら額が低かろうとそれがその年の適正な騎士団の予算です」
「…………予算、ほとんど変わっていないですね」
「えぇですから今しがたそれをご説明して……え?」
「400年前と今年の予算‼ほとんど変わっていないですよ⁉」
「…………はい??」
本当にはい?である。
ただアスカムさんに見てもらっても予算が減っていることは間違いない。
すぐに騎士団長に報告したが……。
「はぁ、まぁでも割り振られた金額でやりくりするしかないでしょう。財務大臣は我々の言うことなど聞きやしませんから」
と、騎士団長。
「そうですね、変わらないということは言い換えれば歴代の騎士も同じ苦悩を抱えながらやってきたのでしょう」
と、偶々居合わせた副騎士団長。
騎士団長と副騎士団長では話にならないため、そのまま財務大臣に報告するが結果は散々なものだった。
「なんですか?我々が適正な予算を割り振っていないとでもおっしゃりたいんですか?」
えぇおっしゃりたいんです‼
と言いたいが今度は財務大臣と喧嘩になってしまうため、私はにこやかに返した。
「そういうわけでは無いのですが、400年前と変わらない予算、しかもこれからまた減らされるということであれば足りないと思い、財務大臣のご意見をお伺いしたいんです」
「ふむ、確かにこれは予算の見直しが必要な気もしますが、具体的にいくら、どのような用途、どのような理由によって予算を引き上げるかを書面にてお伝えください。我々も事前事業ではありませんのでこれだけでは予算を上げられません」
「と、財務大臣が言っていたので書類作成をすれば予算を引き上げてもらえるかもしれませんよ!騎士団長!」
「不可能です!予算は欲しいですが奴らとの書面のやりとり云々は資料不備で引き戻しだの記入漏れだの受け取る気が無いとしか言いようがない‼挙句の果てに何週間も待たされた後に申請不可となります‼」
騎士団長は私に一番怒っていた時と同じくらいの熱量で財務大臣のことに関して愚痴ってきた。
あぁ、なんか何が悪いか分かったかもしれない。
騎士とは礼節も教養も重視されるけれど何より重視されるのは強さだ。
そしてその一番強い人間が毎回こういった書類仕事に強いかというとNOだろう。
「では、私が代行して予算の申請書を作成するので騎士団長は最終確認だけをしてください。それは可能ですか?」
「可能……ですが…………皇女殿下の名前でもあいつらは通すか分かりませんよ?」
「はい、私の名前だけでは通さないでしょう。ですので、ぐうの音が出ないほどに計算をして全ての証拠を出します。乗りかかった船です‼一緒にやりきりましょう‼‼」
私も社会人だったから財務大臣の言っていることは分かる。
必要だなーと思っても上がOKしてくれるものを出してくれないと中間に挟まれる方としては何も出来ないのだ。
と、いうわけで決まったメンバー。
まず帳簿の閲覧許可をもっている私が騎士団予算の推移を見て何を探せば良いのかを選択。
その後モーリス先生と共にその時代の資料を元に物価を計算し、現在の物価と照らし合わせる。
もちろん資料となる情報は一つでは無くその時代の物価だと確実に判断できるように同じ品物の値段をいくつも足して平均を出す。
そして、このパソコンはおろか電卓すら無い世界なのでダブルチェック要員として計算の確認を算術の先生にしていただく。
「お二人とも本当にありがとうございます。1人では手に負えませんでした。何かお礼しますよ」
「いえいえ!物価の歴史は結構政治が絡んでいて面白いんですよ‼」
「昔財務大臣に算術で負けたことを根にもっていまして。まぁアイツが今でも掘り返してくるからなんですが、ちょうどいい憂さ晴らしになります」
「そ、そうですか……」
私はその日、冷徹な算術の先生の笑顔を初めて見た。
そして、そんなこんなで丸10日。
騎士団の予算推移は惨憺たるものだったことが発覚した。
まず物価の上昇に伴い変わっていない予算もさることながら、300年前に起きた大飢饉。
これが食事制限の主な原因と思われる。
周辺資料を調べたところ、大飢饉がおこった当時、騎士は腕っぷしが強ければ平民でも食べていける唯一の仕事として人気をはくしていた。
しかし、実際は皇帝のメンツのために増大する騎士団員に対し、食糧難は続き、その結果弱い騎士は食べられないという食事制限の伝統が始まった。
当時の騎士団長の日記を見るとかなり凄惨な状況だったことが伺える。
その後、数十年後にある騎士団長が物価の高騰を理由に予算の嘆願書を申請してこの時は予算が引き上げられるが、そのまた数十年後、帝国が平和になった段階で政治的理由により騎士団への予算が引き下げられ、現在に至る。
「何というか、政治に振り回されていますね」
「まぁ歴史とはすなわち政治ですからね、切っても切れない関係です」
フラフラになりながら、先生2人にお礼を言い感謝の品も渡して騎士団長への書類を提出した。
「騎士団長、事務作業をする者を雇いましょう?これは騎士団長が部下も見ながら出来る量ではないですよ?」
「……雇わせてもらえるでしょうか?」
「……申請しましょう」
面倒くさいことこの上ない。それが社会人である。
騎士団長が上げていた予算の問題、そして私が上げていた食事制限の必要性が解決し、事務要員の申請という道筋が1つ見えたことで私と騎士団長の溝もまた少し狭まった気がした。
それはそれとして、私はもう10日も働き詰め。
社畜はもうしないためにも明日は休もうと自分に強く誓いを立てた。
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