第十五話 友好の楔
「アンジェラ様、起きてください!もう朝ですよ‼」
「ん-、もうちょっとぉ」
眠い。
ウネマ王国との婚姻の話がきてからというもの、前世を思い出したり騎士団長ともめたりと本当に色々あって連日疲れているのだ。
今日はまた会議に呼ばれているとはいえ、内容は使節団の責任者を誰にするかということ。
けれどそんなもの、最低往復4カ月の渡航が出来て身分があって人望がある人ということでほぼエリオット公爵に決まりだ。
だから準備もいらないし、もうちょっと寝ていたい。
いや、考えることはあるんだけど……。
そんな打算的な二度寝を感じ取ったのか、侍女が溜め息を吐き声を潜めて言ってきた。
「アンジェラ様の身支度が整ってから伝えてほしいと言われましたけど、ウネマ王国の方がいらしています」
カッと目が覚め、私は飛び起きた。
「アマデウス殿下⁉今何時⁉レディの訪問に非常識じゃない⁉」
「いえ、マシャドさんといって、顔まで入れ墨のある怖い感じの…ネコ?の男性です」
「え????」
「お待たせしました」
急いで身支度を整えていけば、応接室のマシャドさん座っていいのに立って待っていたようだった。顔色は良く心のお疲れ度も17と結構よさげで、憑き物でも落ちたかのように晴れやかな顔をしている。
雰囲気が少し柔らかくなった?
『朝早い時間に失礼しました。我々使用人から感謝の印としてお渡ししたい物があったのでそれだけ渡しにきました』
そういうと小さな箱を差し出された。
サイズ感は小さいが、螺鈿細工でヒョウがかたどられている明らかに高額な物。
『貴方の魔法のおかげで国同士が険悪にならずに済みました、ありがとうございます』
『えっと……?受け取れません。まだ何も始まってないデスし、これとても高価な物ではないですカ?』
失礼だが箱を見るだけでも、使用人がお金を出し合ったくらいでは買える代物じゃないと思う。しかもサイズ感的にアクセサリーだ。
私が率直に伝えると、マシャドさんは柔らかく微笑んできた。
『これ、元々捨てるか考えていた物なんです…………俺は戦争の英雄として国王からこれを授与されました。
なので売ることは出来ませんし、身近な人間に渡せばその人が俺の弱みだと教えるようなものなのであげることも出来ず、盗まれて悪用されても困るのでずっと持っていたんです』
色々と情報が追いつかない。
マシャドさんが戦争の英雄??
とてもそうは見えないし、我々使用人って?
『戦争の英雄ガ使用人?デスカ?』
『役職は騎士ですが、仕事は戦争が終わってからほぼ使用人なので我々とつけました。事情は言えませんが殿下は俺を正当に処刑する理由を探しています。そしてこの品はその理由になりやすい』
マシャドさんが箱を開けると今まで見たことが無いほど純度の高いブラックダイアモンドのペンダントが出てきた。
『俺はもう人を殺して周りたくないし、国民も心底戦争が嫌なんです。殿下が皇女殿下に食ってかかったことで…………今度は国が壊れるかもしれないと俺達は予想していました。だから、そこから回復する手立てになった方への感謝の気持ちです』
もらってもいいのだろうか。
でも、マシャドさんの話が本当だとするなら確かに国王からの授与の品は売れないしおいそれと譲れないし見つからないように捨てるしかなくなるかも。
他の国の皇女に感謝の印として譲ったとなれば体裁は良い。
アマデウス殿下の反応からしても敵対しているらしいことは本当な気がする。
『あ、ありがとうござイます』
皇女の私でも購入はかなり難しいと思うほどに、箱もダイヤモンドの美しさも際立っている。
私が緊張して受け取れば、彼は柔らかく微笑む。
ドキドキする。
とても失礼な言い方だが、初めて会ったときよりもかなり賢そうに見える。
状況は分からないけれど、一歩違えれば処刑されかねないストレスがそうさせてたのかもしれない。
『あと、俺は別に身分が高いわけではないので敬語は必要ないです』
『あぁ何となク初めて会ったときノままになっていました』
『じゃあ、失礼します』
ペコッと頭を下げて今日はちゃんと扉から出て行く。
王子が正当な理由をつけて殺したい戦争の英雄。
もしも本当に戦争になっていたら、彼が直接この国を滅ぼしに来ていたのかもしれない。
螺鈿で細工されたヒョウが太陽の光を浴びて7色に光り、私は静かにその小さな箱を抱きしめた。
昼、ほぼ決まっていたことの確認で会議は終了した。
もちろんウネマ王国に行くのはエリオット公爵で、公爵の出発に合わせてウネマ王国も少し日にちを遅らせ、出航は10日後。
そして私は自身の魔法の限界を模索し、10日後までに資料にしてエリオット公爵に渡すことになった。
そう、ここまでは良かったのだ。
ここまでは良かったのに、現在私はなぜか騎士団長とエリオット公爵の三人で王都郊外の丘の上で食事をしていた。
「公爵、私は内密に2人で、誰にも聞かれないところで話したいとお伝えしたはずなのですが?」
「ハハハ!まぁまぁ、年が離れているとはいえ男女が二人きりで遠出して密室はまずいでしょう!それにオリバーとはちょうど食事の予定を立てていたんですよ」
「……分かりました。これだけ王宮から離れていればウネマ王国の人も聞こえないでしょうし」
使用人も遠くに下げ、誰もいない丘の上で、事前に用意させていた上等な机に食事を広げるのは何ともお金持ちといった感じだ。
下を見ればそこには王都が広がり、奥には皇宮が見える。
「それで皇女殿下、2人きりで話したいこととは?」
「ウネマ王国に行ったら、帝国が貿易出来そうな物を探してきて欲しいんです。もちろん帝国側がウネマ王国に輸出して利益を得られるような物を」
「?それくらいなら別に皇宮で話しても良かったのでは?」
エリオット公爵も騎士団長も不思議そうに首を傾げるが、私は軽く首を振った。
「貿易をしてその商品が広まった後、貿易を止められたら死活問題になるような物を探してきてほしいんです。具体的には貨幣の原料とか、宗教上の物とか、貿易を長い期間止められたら国民から暴動が起きそうだったり実害が出そうな物が望ましいです」
「それは……つまり…」
私の言葉に騎士団長は固まり、エリオット公爵はまたしても楽しそうにしている。
あれだけ友好的にしたいと主張しておきながら、貿易を使って相手に首輪をつけたいと言っているのだ、それは驚くだろう。
「私は、アマデウス殿下を信用していません。今回のことが終わっても強制的に仲良くしなければならない〝何か〟を作る必要があると考えています」
彼はそのうちに王位を継ぐ、そしてその時王国に余裕があれば攻め入ってくるかもしれない。
対等でいるためにも攻め入れない理由を作りたい。
だからこそ考えたのだ。
「貨幣の原料が帝国の下位互換であれば、帝国の物を浸透させれば情勢が悪化したからとすぐには切り替えられないでしょう。悪質な物を使えば便乗して偽の貨幣も出回る危険性が出てきます。
宗教上の物で帝国の下位互換の何かを使っていれば、情勢が悪化した際、神に捧げる物に妥協することを不満に思う者は数多く出てくるでしょう。
そういった、無くなれば実害が予想される物を探してきてください」
「探してきたら次に自分が向かうときに広めるから、ですか?」
ニヤニヤと人の悪い笑みの公爵に頷く。
酷いだろうか?
でも仲良くしていれば何も問題は無いのだ。仲良くしていれば。
「あの頭の中がお花畑の皇女殿下はどこに行ったんです?」
「騎士団長、私のことそんな風に思っていたんですね」
普通に不敬なのだが、証人は彼の友人であるエリオット公爵だけだし騎士団長だと別にもうそれくらい言われても特に気にならなかった。
椅子から降りて木に手を当てながら、眼下に広がる街や皇宮を見つめた。
日が落ちて、徐々に灯りを点ける民家が広がっていく。
私の魔法の限界、いつも触れるようにしていたが使い方に慣れてきたのか今は触れなくても出来る気がする。
「私は自分に正直に生きたいと思ったんです。そして私の正直な、心の底からの望みは」
木に魔力を込めると、白く光る私の魔法は地面を伝って手前の林を、道を、民家を、そして眼下に広がる街と皇宮全てを飲み込んだ。
「人が人を傷つけることの無い世界を実現することです」
どう考えても夢物語でしかない。
それでも目の前の白く輝く世界で、魔法に驚いて、笑って喜んで、微睡む人々の声が私を後押ししてくれるようだった。
一歩間違えればマシャドさんとも他の人とも、お互いに嫌なのに殺し合いになっていた。
私は絶対に、その一歩の過ちをさせない。
私は強く誓い、服の中に隠したブラックダイアモンドを握りしめた。
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