根本
父は、臆病な人間だった。
父は、何もかも無くしてまで一緒に居ようとした母を酷く恐れた。
自分が卑怯な人間であることを知っていたから、いつか総て奪い返されるのではないかと恐れていた。
だから隠れて暴力をふるった、私が気付くずっと前からそれは続いていたそうだ。
今みたいに形のある暴力ではなく、見せつける事に寄る心への暴力をひたすら…私を含めた外野に見せないように。
しかし、私が…その日父しかいない筈の家に知らない靴が置いてあるのと…
感じの悪いオンナノヒトが家を出るのを見たその日から、母への暴力は明るみに…そしてエスカレートしていった。
そんな父が家の外では何であんなに立派な人間として振る舞えるのだろうか…不思議に思えた。
しかし、だからこそ臆病な父は生きてこれたんだ。
母は、力のない人間だった。
正確には、自分から羽毛を総て毟り捨てた愚かな人間だった。
だからその憎しみは父には向けられず…私に向かった。
暴力に走る程の力も尽きていた母は、あの日から私に父への怨念をひたすら口に出した。
毎日、二人きりの時は、仕事の長い父が帰ってくるまで続いた。
聞かせるだけ聞かせて、私には何もさせなかった。
元気な時も、怪我をした時も、風邪をひいた時も、病気になった時も…
悔しいと感じる事は何もなかった。
父が母を殴りつけても悔しくはなかった。
姉が家出するように全寮制の学校に進学していっても悔しくなかった。
母が私に怨念をぶちまけても悔しくはなかった。
それでも何もさせてもらえなことも悔しくはなかった。
悔しかったのは、何も悔しくはなかった事だった。
私もまた、力のない人間だった。
それを認める事が嫌だったから、私はあの日も公園に逃げ込んでいた。
魔法の力が欲しかった。
魔法で母が少しでも元気になったら
魔法で姉が帰ってきてくれたら
魔法で父に少しの勇気をあげる事が出来たなら
…………違う、違う違うちがうちがう!!!!!!
私は、ただ力を得て彼らを見下したかったんだ。
彼らは私を人間として見ていなかった
ただの愛すべき人形と思っていた。
私にとって、彼らは只の壁だった。
モーガン・明・綾乃