2001年 6月2日
Q.2011月3月4日
「お前らに何が解る!!不条理の上に成り立つ魔法さえも開き直り、享受する
お前らなんかに、いや…お前らの為にも、私は負けない!!いや、負けるわけにはいかないんだ!!!」
反の魔法使い:明 綾乃
2001年 6月2日
私の父は、最低の人間だった・・・
夕暮れ時の公園で、一人小さいブランコを揺らす姿がある…それが、当時の私の姿だった。
私は何より学校に行く事が楽しみだった。
私には名前が三つあった、いや…正確には名前が一つと苗字が二つ。
それはアメリカ人の父と日系中国人の母を持つ私の名前だった。
ただそれだけで、趣味もなければ得意な事もない…私はただ恵まれているだけだった。
しかし、運命の女神は当然のように…恵みの対価を執拗に求める性格らしい。
私は何より家に帰るのが怖かった、家に帰れば…また母の悲鳴を聞く事になるから…
だから私は家に帰る時間が少なかった、忙しいのではなく、こうやって外で時間を潰していた。
「ちょっと聞きまして?あのモーガンっていうお家…」「あぁアレでしょう?DVとか言うの…」
「本当にうるさいわねぇ、とっとと離婚すればいいのに…」
「………っ!!」
私は耳をふさぎ、涙の溢れる目をつむって塞ぎ込んだ。
「…っ…皆…勝手なことばっかり…」
「…何してるんだい?」
「……っ!!」
私はハッと顔をあげて、声の主を見た。
白い髪に痩せ細った躯に、似合わない厚く黒いコートを着た青年が、そこに立っていた。
「…何でもないもん…こんなとこで見知らぬ中学生に話しかけるなんて、変な人扱いされてもおかしくないよ?」
当時の私は、本来のおしゃべりな性格と…この環境のせいですれていたようだ。
しかし私がそう言うと、男はおどけるようにお辞儀をして律義に返してきた。
「そうかい?じゃあ自己紹介からだ…僕はアベル、無明・安部瑠…しがない魔法使いだ。」
「・・・・・・・・・はぁ?」
私は本気で、彼の自己紹介を聞いたうえで自分の耳と、この男の頭を疑った。
今時、魔法使いを名乗るような人間はいないと思っていたし…マジシャンでさえ公衆の面前で声高らかにそう自己紹介する者はいまいと思っていたから当然だろう。
「・・・貴方、よく変人とか言われるでしょ?」
「引きこもりとか、もやしは言われるが…それは初めてだねぇ…まぁ僕自身あまり屋敷からでないから当然かね?」
「それは言われるんだ…」呆れて反した私の頬に、突然その男は手を伸ばしてきた。
何をされるかと身をちぢこませた私の頬から、涙をすくい取った男は言う。
「知ってるかね?この世で最高位の魔法使いさえも、涙に弱いって事。」
私はかぁっと顔を紅くして、男から顔を反らす。
「な、恥かしいと思わないの?…そんなセリフ」
「別に?歴史上の事実を述べたまでさ…僕でよければ、話し相手にしてくれないか、ね?」
男はそう言って、私に満円の笑みを向けた。
「言えるような事じゃないわよ…」
「そうか、残念…」
「でも、今暇だから…話し相手くらいにはなってくれる?」
私がそう言うと、男は本当にうれしそうに私を視た。
それが私モーガン・明・綾乃と、魔法使い…無明・安部瑠との
最初の会話…
「モーガン、ふむ…泉の魔女の別称だね
モルガン・ル・フェ、かのアーサー王から不死身の魔法のかかった鞘を奪い
彼を死に至らしめた、という説もあるまさしく魔女だ。」
「それ、あんまり嬉しくない」
隣り合ったブランコに座り、アベルは私の名前を聞いてそういった。
失礼極まりない、正直者なのだろうがこの男は容赦なく私の名前を魔女と言わしめて見せた。
「おっと、まだモルガンの話には続きがあるんだよ
イタリアではファタ・モルガーナ、イギリスではモーガン・ル・フェイと名を変えるモルガンだけど
その意味の多くは3の数字をあてがわれた妖精という意味なんだ」
「妖精ねぇ…」
半場あきれて返す私に彼は続ける。
「3というのはケルト神話では最高位の神秘的数字とされていてね、カバラーでさえ0が三つ並べば概念上最高位のアイン・ソフ・オゥルとなるように神学において聖なる究極の数字とされているんだ
さらにモルガンは一般的な見解では魔女としての性格が強いけど、妖精としてのモルガンは…まぁそれに近い主人公たちを惑わす役になっているね」
「ふうん…」
「しかし人間から妖精になった例の一つであるモルガンは、アーサー王の異父姉弟という説もある
彼女は魔法が禁止されていたアーサーの故郷において悪である魔法を使う妖精になって
あくまで悪人として彼を別の視点からサポートし続けたともされているんだ」
「…異父姉弟、ねぇ」
アベルの奈が話を聞き、私は肩肘をついてため息をつく。
私の父も違っていたらよかったのに…そう思っていた。
「…名は本質を表すと、日本では古くから言われているね
でも、逆に本質から名を生み出すというパターンがあってもいいはずだ。
僕の名だってアベル、旧約聖書では人類最初の殺人事件の被害者ときた」
「…ひどい親もいたものね?」
私がそう返すと、アベルはうつむいて答えた。
「まぁ、親の実験だからね」「・・・え?」
アベルは顔を上げて空を見ながら話す。
「名前は体に繋がり、成す文字は物質を物質として成り立たせる起源となりえる
君はいつか誰かを導き、その最後を見届ける運命にあるのかもしれないね…」
「…バカバカしい、そんな魔法みたいな事…」
私がそう言うと彼は真剣な眼を私に向けて、こう言った
「魔法は、確かに存在するんだよ
僕は魔法に縛られている、君もまた現実に縛られているのなら僕は君を縛る現実を壊してあげよう…
君は、現実を壊す覚悟なんて…持ち合わせているかね?」
父の浮気が発覚したのは、私が中学に進学した数日後だった。
母は中国ではマフィアに近い性格の成金一族の末裔らしく、父はそんな母の金目当てで近づいていた…
そんな事を知ったのもその日、父の開き直った独白からだった。
流石に母の明家も日本で中国の暴力団の力を行使するわけにはいかず、それどころか祖父たちは母の婚約に反対していたらしくほぼ勘当状態に合ったらしい。
更に父は用意周到に、守りを固めるように日本の高級住宅街に居を構え準備を進めていた。
だから父が開き直ってそれからは、父から母への一方的な暴力の日々だった…
それまで何も知らずに、ただ珍しい環境に生まれたということを漠然と認識していただけだった私は
その家族から逃げて、『外』でこうして耳をふさいでいた。
母が離婚しない理由が、私という娘の存在によるものであると知りながら…
けれど、どうしようもない…こんな不条理に対抗するすべなんて…私は持っていなかったのだから。
アベルのその言葉は、まるでアダムとイブに知恵の身を教えようとする蛇のようで…
それを言い訳に、何もせず私は…
「―――――――――――」
アベルの手を取った。