向かう下、その道中
「そういえばシェイカ、お前の許可も取らずに連れ回してるが大丈夫なのか?」
「うん、だっておとうさんしたにいるとおもうし」
「それ、ずっと言ってるけど根拠があるのか?」
「おとうさんがいってたの。じぶんはしたにいるって」
アウルはその言葉に曖昧に頷きながら、思案を──疑念を広げた。
(それなら、シェイカをわざわざ迷宮要塞に入れる必要はないだろ?やっぱりどことなく怪しいな。こんな小さい子を疑うことはしたくないが……パーティの安全のほうが優先だ)
だんまりを続けてしまって不審に思ったのか、シェイカがこちらを訝しげな視線で見てきた。アウルは安堵させるように柔らかい笑みで返す。
「それで、何処の階層にいるとか聞いているか?どうせなら、その前線基地までに行く途中で親に返してやりたいんだが」
「それは……しなくてもいいかも。わたしがかってについてきてるだけだから、めいわくかけたくないし」
「別に迷惑じゃ……ま、自分でそういうなら」
刹那の言い淀みを訝しみながら、アウルは答えた。
と、前を先導していたイカルとクレソンの犬猿コンビが振り返る。
「こっから、落とし穴のトラップを逆利用して下にどんどん降りていくぞ」
「さっきみたいな転移陣のトラップはないのか?」
「あるにはあるが、魔獣で溢れる部屋──魔獣部屋に行くものばかりだ。さっきのは本当にイレギュラーだと思え」
「なるほどな。落とし穴は、どれくらいの階層落ちるんだ?」
「精々4、5階層が関の山だな。ショートカットとは言えそんなに期待すんな」
そう言いながら十字路の角を曲がり、通路に出た。変わらず白い大理石のような廊下だが、アウルの眼力は誤魔化せない。床に広く分布する自然魔力の中に、少し作為的な形が作られている。魔術陣だ。
よっ、と軽い掛け声をかけながらイカルが躊躇なくそこを踏み抜いた。すると光が溢れ、地面に突如巨大な穴が穿たれた。半径は人が5人以上入っても余裕があるくらいで、それが一瞬で作られたことに魔術技術の凄さがうかがえる。どこまでも続いていそうなその深淵にイカルの姿が吸い込まれていった。
「俺達も続くぞ」
「イカルも相変わらずさね」
その後に続いてクレソンのパーティ、ハニナとダイブしていく。よく勇気が出るな、とその穴を覗き込んで思ったが、ここで蹲っていても何も起こらないだろう。意を決して、皆へ振り返る。
「さっさと行くか」
「だな」
「ええ」
「そうですね」
「シェイカは俺の背中にしっかり捕まっていろよ」
そう告げると、シェイカはいそいそとアウルの背中を掴んだ。アウルはその小さな体をおぶるように手で支えて、準備は完了だと告げる。全員で視線を交わして、軽やかに飛び込んだ。アウルたちは一斉に落ちていく。内臓にふわりと浮遊感がかかり、向かい風が下から吹き付ける。どんどんと景色が変わっていき、やがて下の地面が見えてくる。そう言えば着地はどうするのだろう、と気づいてしまった。
「なぁ、これ……」
「ユウセイも気づいちまったか」
「ああああああああああっっ!!??」
硬そうな地面がどんどんと視界に迫ってきている。このまま行ってしまえば即死は免れない。カレハは手足をバタつかせてなんとか速度を低減しようとしているが、無駄である。
そして、そのまま地面に勢いよくぶつかる。その寸前。横から強い気流が身体に吹き付けてきた。イカルの魔術……ではなく、どうやらクレソンの魔法らしい。クレソンが手をかざしているのが風に煽られるなかで見えた。風に煽られてその速度がだんだん緩やかになっていく。最終的に、先に下についていたハニナにキャッチしてもらった。
「ふぅ、ヒヤヒヤしたな」
冷や汗を拭いながらそう呟くと、イカルがとても気まずそうに目線をそらしてきた。
まさかと思って見返すと、イカルは渋々罪を認めた。
「いや、飛び込んだ後に気づいたんだよ。お前らの着地手段を考えてなかったなって」
「イカルが一番最初に飛び込んでたよな。どうやって着地したんだ?」
「え、そりゃこれで……」
イカルが懐から取り出したのは、小さな玉だった。それは何か文様が表面に刻まれていて、どう視ても魔道具の一種である。
「それを先にくれよ!」
「だからすっかり忘れてたんだよ!すまねぇな!」
アウルと同じように着地したユウセイが叫ぶと、イカルも叫び返した。
その様子に苦笑しながら、辿り着いた階層を見回してみる。そこは地面と表現した通り床は踏み固められたような土で、壁の代わりに生えているの鬱屈とした木の集合……つまりは、森だった。階層中がまるで日下にいるように麗らかな光と熱で満たされていて、一時ここが地底であるということを忘れてしまうほどに地上の光景と酷似していた。
「この階層は……」
「25階層、だな。正確に言えば、この地上みたいな光景が続くのは40階層くらいまでだ」
アウルが疑問を呟きの形で示すと、クレソンが懇切丁寧に解説してくれた。それに理解という意味を込めた頷きで返すと、クレソンは満足そうに目を細めた。ガキにしては物分りがいいな、という気持ちが見え隠れしているのは、見ないふりだ。
「はえー、地上みたいな気持ちになりますね」
「この青い空みたいなのは、どうやってるんだ?」
「学者の一説によれば、ここを掘った当時の魔族たちの卓越した技術者が刻んだ幻覚の魔術陣によるものらしいな」
階層は横に広いので、それら全てを覆う天井にこれを投影していると考えれば、凄まじい大きさであることが分かるだろう。過去の栄華を極めていた魔族はそれほどまでに魔術技術が高かったのだろうか。
「それに、魔獣が自動で生み出される魔獣産場も、同一人物が作ったと視られているさね」
「魔族っていうのはそんなに凄い技術を持っているのか……」
ユウセイが圧倒されたように呟く。その様子は、魔族の伝説的な話をあまり聞いていないような感じに見えた。まあ彼自身常識に疎いと公言して憚らないので、直截に不思議だとは思わないが。
イカルは反応が面白かったのか、クツクツと笑ってハニナからつなげた。
「ま、過去の魔族の話だがな。今の魔族の最先端技術なんてわからないから、進んでる可能性も、逆に衰えている可能性も否定は出来ねぇ」
「わたしはたぶん、すすんでるとおもう」
「シェイカ?」
「ほんとうになんとなく、だけど……」
急に会話に入ってきたシェイカは、何故かすごく消沈したような表情だった。まるで、信頼していた誰かに裏切られたときのような。まるで、自分が立っていた世界が欺瞞で満ちていたと気づいたときのような。
なぜそんな顔をしながら言うのかは分からなかったが、その顔は、ひどく眼に焼き付いて離れなかったのだった。




