ダンジョン、かくあり
「ウウウ……」
低く、腹に響く鳴き声をあげて周囲を見回すマンティコア。尻尾が変化した蛇も合わせると、眼が四つ。単純に見える範囲も2倍以上の効果がある。
だが、そのメリットは今こそ皆無だと言える。なぜなら。
「ガッ!?!?」
獅子混獣の頭部に、突如凄まじい衝撃が生まれる。首から仰け反り、目を白黒させた。さらに受身を取る暇もなく、もう一度、今度は胴体を横に貫く衝撃が走った。ほとんど無抵抗の状態に襲いかかった2連撃。それは、マンティコアを激怒させ、警戒させるには、過払いがすぎるものだ。
「ガアアアアアアアッッ!!」
しなやかに身体を使って着地して、すぐさまビリビリと肌を震わせる雄叫び。それは威嚇だけでなく、自然魔力の流れを空間に生み出して違和感を検知させるという狙いもある、と思われる。アウルの魔眼にはそう映った、と言うだけなのだが。
「ガッ!!」
バネのように溜めて、勢いよく透明化しているカレハとハニナに飛びかかる。姿は見えていないはずなのだが、音や先程の魔力のうねりで大まかな位置を把握したのだろう。その鋭く尖った爪を振り下ろして、空間を切り裂く。本体はさすがに避けているが、はためいたのだろう、ハニナのコートの裾がビリリと破れ、魔力の改変を失って現れた。マンティコアはその布片を忌々しげに睨めつけて、低く唸る。相当に怒っているのか尻尾の蛇すらもその布片を見ている。
だが、その警戒も無駄である。なぜならば、結局のところカレハたちは囮でしかないということを知らないからだ。
「馬鹿め」
「獅子だけどな!」
獅子混獣が警戒する方向と全く逆、つまり布片がある方向と真逆から、アウルたちが強襲した。まず最初に振ってきたのは風の刃。それに寸前で気づいて咄嗟に回避したマンティコアに、追撃たるユウセイの十手が切り込む。肌を切り裂き、鮮血を飛び散らせた。なぜ殴打武器であるはずの十手でこんなにも切れ味が出せるかといえば、ユウセイの技量……ではなく、【情報付与】の賜物だ。ユウセイはカレハたちに掛けていた消臭の情報付与を消して、十手にかけ直したというわけである。
「ガアアアッッ!?」
マンティコアは振り向いて、その爪を大きく振り抜く。その行動は、気づいていたというものよりも咄嗟に染み付いた動きが出てきた感じである。だが、そんな苦し紛れの攻撃が当たるのであれば上層でくたばっている皆である。ユウセイはその攻撃を半歩下がって避けて、十手を勢いよく突き出す。空気を切り裂いて、マンティコアの茶色の肌に深手の穴を負わせることに成功した。マンティコアに尻尾がもう一本追加されたような間抜けな光景に息を漏らしつつ、イカルは手元で掌印を結ぶ。
「お前は下層で見たから分かるぜ……これが弱点だろ?【踊れよ歌えよ雷鳴】!」
4段階以上の手順を踏んで、掌印を結び切る。その間の攻撃は、全てユウセイと透明化しているカレハたちが抑えていた。自然魔力が撃鉄たるイカルの魔力と連鎖反応を引き起こして、空間にバチバチとスパークがほとばしる。その魔力を、その不吉な音を聞き取ったのか、勢いよくマンティコアは振り向いてイカルの方を視た。しかし、その行動は立て続けの痛みが阻害し続ける。
「グウアアアッッ!」
前門の虎、後門の狼……というわけではないが、それに近しい状況なのは確かだ。
本来マンティコアは、ライオン側が操る複数の魔法と高い身体能力、蛇の警戒性と毒攻撃を併せ持った何的である。それをこうも簡単に翻弄しているのは、ひとえにアウルたちの連携、そして初見殺し性能にある。
ユウセイの情報付与は知っていなければまず対策は不可能、更に知っていたとしても本人の引き出しによって無限の作戦を提供できるため対策は難しいと、理不尽極まりない。それに、アウルの眼力と戦場を見極める力、カレハの速攻など、一瞬で片付ける技がこれでもかと詰め込まれているのだ。
閑話休題。
マンティコアに改変で生まれた雷が降り注ぐ。閃光が奔って、鈍い電気音と肉が焼け焦げる臭みが広がった。もはや叫ぶ気力すら起きないのか、フラフラと四足で立つだけの獅子混獣に、アウルは叫ぶ。
「トドメを!」
「わかってるわ!」
返答の声は、マンティコアを挟んだ虚空から聞こえてきた。刹那、急速にカレハたちが現れた。そして、奇っ怪なポーズとなっていることも見えた。カレハの後ろにハニナがいることはまだいい。そのハニナが、カレハの足を脇で挟んで掴んでいるのだ。どこか幼稚園児の取っ組み合いにも見えないこともないそのポージングの理由はすぐさまわかった。ハニナはその吸血種特有の超身体能力によってカレハを身体大回転した。まるで大車輪のように回転させたカレハの身体を、マンティコアの方向に向けて発射。
文字通りの人間砲弾と化したカレハの超速の蹴りが、マンティコアの抵抗を悠々と超えた。そして、衝撃が突き刺さる。ユウセイが差した十手に。
「ガッ!?」
刹那、莫大な衝撃を一身に与えられた十手が、マンティコアの身体を一瞬で貫いた。
短い悲鳴、それだけしか残せなかったマンティコアは、どうと倒れ込む。絶命の悲鳴にしては弱いな、とアウルは場違いにも思ってしまった。ピクリとも動かないマンティコアに、それぞれ近づく。
「……よくこんなにキレイに倒せたな。お前ら、上出来だ」
「こいつはそんなに珍しいのか?」
「ああ。中層から下層くらいに出るんだが、出会うのは稀だ。それに、こいつに先手を取られると、速度と幻術で翻弄されて壊滅させられることもある厄介な魔獣だ。それをこんなにキレイに、アッサリと倒せるんならお前らは本当にに守護者に向いているかもな」
守護者本人からそう褒められると、アウル自身あまり目指す気持ちはないもののいい気分になれる。ハニナがマンティコアの死体を捌いているのを横目に一息ついていると、コートの裾がクイクイと引かれた。視れば、シェイカがアウルのコートを引いていたようだ。
その顔はなにかに気づいていて驚きに染まっていた。
「どうしたんだ」
「あ、あれ……」
シェイカのたおやかな指が指し示す方は、この部屋から、上につながる転移陣に向かう方向への通路。
アウルは嫌な予感が脳内でガンガンとなっているのを感じながら、そちらを向く。
─────────塞がっていた。
地上への帰還路が、なにか爆発したように崩れた瓦礫によって、冷然と遮断されていたのだった。




