それは前哨戦か、それとも
「その力……!」
「随分便利なのよぉ、〈ヴータリティット〉にはあまり効果がないけどねぇ!!」
体内を常に流れる循環魔力によって、自らの身体を改変する……とどのつまり、スキルによって自身の長身を真反対の矮躯に変えたサーシャ。
空振った氷のマンゴーシュを引き戻そうとするも、ククリナイフの背で弾かれる。そのまま繋がってきた剣閃を、地面に転がることで何とか回避して、低い姿勢のまま睨めつける。
「大口叩いてた割にぃ、すぐ殺されそうじゃなぁい?」
「…………訂正するぜ。前哨戦だが、全力で行かせてもらう!」
始まるは、拮抗した剣戟。いや、よく見れば、サーシャの方が攻撃の数が多い。軽い剣であることと、技量がゴドウィンより上なのだ。やはり学生にとって、1年の差というのは横たわってしまうもの。
それに、サーシャにはスキルがある。
「当てづらいでしょぉ。便利なのよ、これぇ!」
「クッ!」
人間の急所というのは上半身に集中していることは、分かるだろうか。脳、脊髄、眼球、心臓。身長や体格を変えられると言うことは、それら全ての位置を自分の思うままに変えられると言うことと同義であろう。
それがいかに対人戦で凶悪かが、今現実で示されている。
「ちょこまかと……!」
「わたしぃはねぇ……一体一の対人戦においてならマルル様すら上回るのよぉ!」
「……なら、こういうのはどうだッ!」
ゴドウィンは、魔力を熾す。世界を塗りつぶす種火が、猛った。
「【精氷弾】!」
生まれたのは、氷の礫。それも、一つや二つなどではない。サーシャをぐるりと取り囲んで、冷気を零している。まさに、見えざる銃口の槍衾。あとはゴドウィンが引き金を引けば、必殺の弾丸が避ける隙間なく彼女の身体を撃つだろう。
だが、彼女は余裕の笑みを絶やさない。まるで絶望の顔を見せない。
「─────弱点ぐらい分かってるわぁ。対策をしないと思ってぇ?」
その言葉を分岐点にして、彼女の纏う雰囲気、その質が変わる。鋭く研ぎ澄まされた刃のような怜悧で無機質なものだ。それは、まさに性的な、生的な、先程の雰囲気とは対極に位置するソレであろう。
「…………それがお前の本性か、サーシャ・オビ!」
「マルル様の寵愛を受けたことを、後悔するがいいわ……ゴドウィン・コロラド!」
互いに名前を叫ぶのを合図に、氷弾が殺到した。
刹那、彼女の周りが煌めく。いや、それは剣閃の輝きだ。装備している湾刀を、恐ろしいまでの速度で振るって、迫る悉くの礫を切り伏せ、叩き落としている。よく視れば、彼女の体内にある魔力が煌めいている。身体改変を行っているのだろう。
その証拠に、彼女が剣を振るう度にブチブチというなにかが千切れる音がする。多分、筋繊維が断裂する音だ。
瞬く間にその氷弾はそのほとんどが無力化され、捌ききれなかった氷も大ダメージとまでは行かない。完全にしてやられた形だ。
「ざっとこんなもんよぉ。今度はこっちの番ねぇ!」
「受けて立つ!」
サーシャが前に走り始める。その速度はカレハや賢猿に比べるべくもないが、どこか不気味だ。彼女が再三魔力を起動させたのが見えた。またも身体改変が行われる、リーチを伸ばすための魔法だろうと先んじて予測、構えを上に向ける。
「来るのが分かってれば対策はできる!この塔で学んだことは無駄じゃなかったみたいだなァ!」
「そぉかしらぁ?その理論が通じるのは、自分の予測が及ぶレベルが近いか下の相手にしかできないわよぉ……?」
意味深な言葉をサーシャは零す。ゴドウィンがどういうことだと眉をひそめると、その魔力が効果を現し始めた。─────スゥゥッと、彼女の肢体が端から順に消えていく。まるで、彼女の存在が世界から許されなかったために消えていくかのような。まるで、幽霊が成仏するその時のような。
「透明化ッ!?」
思わず、声が溢れる。身長体格の操作、だけでなく透明化まで。彼女のスキルはアウルや、そしてゴドウィンの想像を遥かに上回るものだった。
足音はもちろん、気配すらも全く感じないのが、彼女の技量を示している。
ゴドウィンは悪寒を感じてとっさに飛び退る。そして元いた空間を風切り音が撫でる。
「よく避けたわねぇ……でも、それがいつまで続くかしらぁ」
余裕たっぷりのその言葉の通りに、ゴドウィンは苦しい闘いを強いられた。何しろ、刃すら見えぬ攻撃に加えて可変自在のリーチなど、格闘戦に置いては比肩する者のない強さを誇るに決まっているのだ。ゴドウィンはなんとか攻撃を加えられた方に反撃するものの、ワンテンポ遅れている。その間にも、幾重にも傷が重ねられて、ダメージが蓄積していった。大きく後ろに距離を取って、一度態勢を立て直す。
「狡い手を……!」
「これがわたしぃの戦術、文句は言わないでよねぇ!」
ゴドウィンも傷を重ねられて、業を煮やしたようだ。残存魔力をできうる限り開放、周りの放射する。一気呵成に片をつける、魔法術師の戦術のうちの一つだ。
放たれた魔力が空気中の水分間の引力を強めて、氷を生成する。
「【精氷弾・棘】!」
生み出されていく氷は一つ一つ甲高い音を立てて削られていく。そうしてできるのは、氷による壮麗な槍衾だ。その一本一本が鋭く、少しでも触れれば傷つきそうなほどだ。数百にも上る氷棘が隙間なく一様に並ぶその光景は、先程まで居た鍾乳洞と似ていた。
「位置がわからなくても、当たる場所が小さくても、これだけ並べれば絶対に当たるだろ!喰らいなッ!!」
「────!」
ゴドウィンが高く掲げた剣を、指揮棒のごとく上から下に振り下ろす。その合図で、全ての氷棘が射出された。透明化しているサーシャが、覚悟しているのに息を呑んでしまうほどに圧巻だ。
氷棘が、空間を走り抜ける。彼女の走力は視ている、どうにも避けられないはずだ。
「わたしぃがさっき叩き落としたの、視てなかったのぉ?」
彼女はその一言だけ置いて、湾刀を振り上げたようだ。そもそも、壁のように配置している時点で一度捌かれたら第二陣を送るまでタイムラグが有るということに気づかれたのだろう。
─────────だが、それこそがゴドウィンの狙いだ。
「ああ、もちろん知ってるに決まってんだろ?だからだよ!」
「ッ!?」
飛んでいく氷棘の壁の一部が吹き飛ばされた。透明化したサーシャが湾刀を振るって弾いたのだろう。そしてその空間に、ゴドウィンの氷剣が一閃。二人の戦いを俯瞰して視てみればわかるのだが、氷棘を文字通りの弾幕として、その後ろを追いかけていたのだ。
氷剣に響く、鈍い感覚。肉を叩く、あまり慣れたくもないが慣れてしまった感覚だ。
サーシャの透明化は解除されて、現れたのは床に倒れた満身創痍の姿だった。
「お前の敗因は、自分の力を過信しすぎたことだ」
「…………」
「それに、」
ゴドウィンは言い淀む。彼女の本音を暴き立てることはあまりしたくなかったのだが、仕方ない。
「姉貴を……マルルを止めてほしいんじゃないのか?」
彼女は、戦いの最中に、ゴドウィンの急所を一突きすることもできたはずだ。そもそも、マルル自身が叩き潰したいと言っていたのに、彼女が殺そうと出てくるのはおかしいだろう。
まるで、彼女の独断専行のような。
「…………………………………あの人は、貴方と出会ってから変わってしまったわぁ。前のあのお方は、優しく、強く、誇り高い人だった。マルル様を、止めてあげて。それは貴方にしかできないわよぉ、ゴドウィン・コロラド」
「──────────ああ。任せとけ」
力強く頷いたゴドウィンを満足そうに視て、彼女は意識が落ちたようだ。
ゴドウィンはその手の氷剣を力強く、砕け散りそうなほど強く握ったのだった。




