数多の罠を乗り越えて
「……」
絶句。ただひたすらの沈黙の帳が、四人の中に降ろされた。ゴドウィンはマルルの本性がここまでにえげつないということに押し黙り、エーゲン・ラフトの面々はこんなことを許される、この塔の倫理観に呆れ返った。
カレハは間近で肉の炸裂をもろに喰らったものの、放射されたのはただの小骨ではあるので、相当なダメージというわけではなさそうだ。肉体的には、という注釈がつくが。
「なんというか……これまで出会ったランカー共よりも狂ってんな」
ユウセイがそう呟くと、アウルもゴドウィンも苦笑を浮かべた。
「違いない」
「すまねえな、こんな光景を見せて」
「謝るこたぁ無くていいよ、元より覚悟の上だ」
この塔は、魔塔学院。魔塔であり、魔闘であるのだ。他人を傷つけてまでも、叶えたい願いを持つ者どもの巣窟と言って過言でないこの場所で、グロテスクな光景など後退するに値しないものである。
「まともに食らっちゃったわね……」
「大丈夫か、カレハ?」
「マルルが威力を抑え目にしてくれたのかしら、大丈夫よ」
カレハはそう言っているが、まあ常識的に考えてそんなことはないだろう、やるメリットが皆無だ。カレハの肌をよく見ればかすった傷……擦過傷が幾つもできていた。痛みはそこまでであろうが、それで微塵も揺るいでいないカレハも変わらず耐久力があると言った感じか。
持ち上げた肉爆弾はもはや欠片も残っていない。それだけ爆発の威力が強かったのか……と思いきや、見れば、未だ散乱している複数の肉爆弾がグズグズと溶けていっている。どうやら魔法の適用時間限界によってその形を保っていられないだけのようだ。
「この肉爆弾、やけに早く崩れるな……だからこそ、一気に踏み込んだときにドカン、ってことか?」
「それもあるだろうが……」
アウルは何かが引っかかる。マルルほどポイントを溜めていれば、対人戦のいろはなど重々承知だろう。未知の領域を警戒しない人間などいない、それは分かっているはず。なぜ。
そして、電撃のように閃きが走る。多分狙いは…………。
「──────上かッ!?」
「御名答、ねぇ」
刹那、一人通路に出ていたカレハの上で、銀色が輝いた。それは、刃物特有の怜悧な光だ。カレハの瞳はアウルの叫びが耳に届いた瞬間と同じくして、上に迫る刃を視た。今から飛び出しても遅い、やられる。痛みを覚悟して横っ飛びを力のかぎり行って、地面に転がる。受けた左腕から鮮血を滴らせながら、下手人を睨みつける。
「痛っ……やったわね……!」
「いい反応をするわねぇ、かわいい」
嗜虐的な笑みを浮かべたその女。170を越えようかという身の丈に豊満な肢体。肌に魔力の残滓を残していて、その手には湾刀を装備している。整った顔立ちと蠱惑的かつ退廃的な雰囲気を言葉の節々に湛えるそのさまは、まるでどこかの娼婦、あるいは淫魔を想起させるようだ。
アウルたちは、その整った貌に、奇妙な既視感を覚えた。なぜか、久しく会っていない友人に再会したような気分を感じているのだ。
「お前……どこかで会ったことがあるか?」
「気づかないのぉ、わたしぃだよ?」
クスクスと、手を当てて笑う彼女。その仕草が何だか妙に眼につく。アウルはその動作で、気付いた。
「まさか、サーシャ!?」
「────鈍い男は嫌われるわよぉ、ア、ウ、ル、く、ん」
「やっぱりお前もマルルの一味だったか……!!」
ねっとりとした口調で名前を呼ばれ、肌を粟立たせながらも、アウルは屹然と睨んだ。
そう、面影はあったのだ。だが、体型や雰囲気などが全く異なっていた事によって、全くもって気づかなかったのだ。彼女が、サーシャ・オビ……ゴドウィンに騙されたときに助けた、1年生の彼女であるということに。
その態度や姿からして、あのか弱い1年生の姿は欺瞞だったのだろう。魔法によるものかもしれない。
エディアもユウセイも何が何だかわからないという顔を浮かべたが、名前をアウルが叫んだことではっとしたような顔を浮かべた。
皆の顔を見回して、彼女はまるで恋する乙女のように身体をかき抱く。
「フフ、助けた相手に殺されるというのも乙でしょぉ?」
「お前も大概だな、サーシャ。マルルに負けず劣らずの化け物だ!」
「褒め言葉をどぉもぉ!来ないなら、こっちからいっちゃうわよぉ?」
サーシャはそう言って、湾刀を前に構える。だが、その凶刃から後輩たちを守るかのように、ゴドウィンが一歩前に出た。その顔には、薄ら笑み。
「おい、ちょっと待ちな」
「何よぉ?これから楽しいことが待ってるのにぃ」
「取引、しようぜ」
「取引ねぇ……何を差し出すのかしら?」
「いや、取引って言うよりかは……決闘だな」
ゴドウィンはそんな事を言いだした。カレハやエディアは訝しがるが、アウルは内心ゴドウィンに向けて拍手を送っていた。なぜなら、ゴドウィンが言わなければアウルが言い出していたことと全く一緒だからだ。
(多分ふたりともポイントを稼ぐことを忘れてるんだろうな……)
内心苦笑していると、ふとユウセイと眼があった。そして互いに苦笑し合う。相棒たちの正義感が強すぎる、と。
「決闘?この塔のシステムのやつねぇ」
「ああ。もちろん、ポイントを賭けてな」
「何をするのぉ……殺し合い?」
「なわけあるか。どちらか一方が、気絶するか降参と言うまでだ」
「張り合いがないわねぇ、まぁいいけど。それで、何対一にするのかしらぁ。わたしぃは別に、全員と同時でもいいわよぉ?」
「ハッ、お前なんか俺一人で十分だよ」
ゴドウィンは、余裕を、自信を滲ませながらそう宣言した。サーシャの笑みが凍てつく。
「………………マルル様のお気に入りぃだから、壊したくはなかったけど────────殺すわよ?」
「やれるもんならやってみろ、姉貴の腰巾着さんよぉ」
アウルも、カレハもユウセイもエディアも揃って目を見開いた。どうやってわかったというのか。
頼もしい先輩は、魔力を励起させる。
「そこまで言うのならいいわぁ…………せめて一撃で葬ってあげる!!」
「前哨戦が足りなかったんだ、たんと支払ってくれよ!」
開戦の言葉を投げつけて、かけ出す。それは息を合わせたかのように互いが同時に行った。
サーシャは湾刀を手元に構えながら、石畳を蹴飛ばす。飛びかかって威力の不足を落下によって補うのだろう。
ゴドウィンは製氷した氷を削って細身の剣……マンゴーシュと呼ばれるタイプのソードを水平に構えながら走る。縦の一閃を警戒した構えだ。
「死になさぁい!」
「させるかよ!」
上からククリナイフが振り下ろされる。刺されば一溜りもないそれを、半身にして回避する。そして溜めていた力を解放、女性にしては大きめの彼女の上半身を狙って横に薙ぐ。会心を確信する、最高の振りだ。
だが、ゴドウィンは信じられないものを見る。当たると思った一撃が、回避されたのだ。
彼女の背丈が縮むことによって。
「なっ!?」
「わたしぃが一年に偽装できるの、忘れてたとは言わないわよねぇ?」




