互いの瞳に映るのは
「……静かだな。マルルは本当にいるのか?」
13階層は、所々に苔が生えた、レンガ造りの迷路が広がる階層だった。今現在聞こえてくるのは、何かが軋むような音が遠雷のように響いてくるだけ。予想するに、〈ヴータリティット〉のそれであろう。人の気配や通った感じなどは本当に僅かで、生徒が近寄らないと言う事がありありと伝わってきた。
こんな静かなところに本当にマルルがいるのか、と疑問が自然とこぼれたユウセイ。そんな彼に、ツカツカと近づいたカレハが頭をぶっ叩いた。
「あ痛!」
「……いい加減辞めなさいよ!確かに、ゴドウィンを疑う気持ちもわかるわ。でも、着いてきている時点でそれは見せないべきよ!乗りかかった馬車なんだから!」
「それを言うなら船だろ……分かったよ、すまないな、ゴドウィン」
「いいや、俺も俺だ。手段を選ばなすぎるからこうなっただけだろ」
何とか和解に繋がって、空気が弛緩する。と、その弛緩した空気を読むはずもなく、〈ヴータリティット〉が現れた。通路の角から現れたソイツは、少し動く度にガチガチと軋むような音を立てる、石でできた身体を誇っていた。
「─────!」
「チッ、マルルの前にコイツか……前哨戦と行こうか!」
身体を震わせて、声なき声を叫ぶ〈ヴータリティット〉に、ゴドウィンが毒を吐く。まるで鏡写しのように、互いに駆け出した。いや、駆け出すと言うにはゴーレム側はゆっくりとした速度なのだが。
「ゴドウィン!支援するわ!」
「魔法行きます!【精土弾】!」
魔力の光を纏った石の球が、空間を走ってゴーレムを強襲する。さらに。
「追加でもう一属性!【精氷弾】!」
冷気を持つもの特有の白煙をたなびかせて、弾丸が飛び立つ。灰色と蒼白色、2色が絡まるように並んで、ゴーレムの身体に直撃した。鉄同士をぶつけたような甲高い音がこれ以上ない当たりを示して、石の巨体が削られる。痛みか、ゆっくりとしていた歩きは止まり、いやしかし〈ヴータリティット〉はその腕を振り上げる。攻撃の予備動作のようだ。
「そんなノロマな攻撃、カスリもしないわよ!」
だが、魔法が飛ばされる瞬間に同時にスタートを切っていたカレハが躍り出た。そのまま地上に雷を描くような軌道で走り抜いて、身体を大きく回した。その拳は既に握られている、あとは解き放つだけだ。
「時間もないわ、一撃で沈めてあげる!」
地に着いた足を踏ん張って、上体を回転させる。其の速度は相も変わらず異常で、やはり眼を見張ってしまう。ドッ!!という凡そ人間の体から出るはずのない攻撃音と衝撃波が石の身体を保っている核ごと貫いた。その巨体は不自然に蠕動して、すぐさまバラバラの石へと成り代わった。
「……確かに、これは私じゃないと火力不足になるかもね」
「逆に、どうやってその体形でそんな強い拳を放てるんだよ……」
「ちょ、ちょっと!失礼じゃない、ユウセイ!?」
「あ……失言だったな。すまねぇ」
「私はそこまで気にする質じゃないけど、エディアとかには言わない方がいいわよ」
「………………もしそんなこと言ったら、生き埋めにします」
エディアさん、マジのトーンだった。ユウセイはペコペコと何度も頭を下げて、許してもらった。
と、そんな漫才を見ていたアウルが、ため息をついた。
「お前ら……急いでるの、わかってるんだよな?」
「「だってコイツが」」
「ユウセイ、100%お前の自業自得だよ。反省しとけ」
「ハイハイ……」
「雑談はこれくらいにして、行くぞ」
『──────────あら、私は雑談も大歓迎よ?』
割り込む声があった。その声は、余裕で充ちていて、陰湿そうで、そして低かった。声質は肉声と言うよりかはなにか録音を喋らせているような、ノイズが後ろにある。慌てて周りを見渡すも、気配は眼につかない。魔術でも使って遠隔で、声を届けているのだろう。
「この声……姉貴、いや、マルル!」
『予想通り来たわね、ゴドウィン。私たちはやっぱり、心で繋がっているのね』
「…………おい、マルル。俺を裏切ったっていうのは本当かッ!!?」
常人なら耐えきれないセクハラまがいの発言を無視して、単刀直入にゴドウィンが訊いた。その声には、まだ疑の念があって、心のどこかで間違っていて欲しいと信じているのだろう。
だが、世界は無情で狂気的だ。そしてそれよりも、マルルは狂っているのだ。愛に。
『裏切ってなんていないわよ……私はただゴドウィンが心の底から愛してくれてる顔を見たいだけ!それの何がおかしいの!』
「お前の、方法がおかしいんだよクソ愛野郎!」
耐えきれずにユウセイが叫ぶ。だが、声は止まらない。
『ゴドウィン……今から私が貴方を救ってあげるわ。そんなガキ共が与えた仮初の救いなんて、すぐに消えるもの!』
「…………仮初?」
『ええ。あのミーナとかいう女がお猿さんに半殺しされるところまで私の演出。その猿を倒したことで得られた満足なんて、仮初でしょう?』
「何を勘違いしてるのか分からねぇが……俺はミーナの願いを嘆いたんだ。ミーナの未来の敵なんて取っちゃいねえよ」
『……すまないわね、ゴドウィン。あなたの精神を少し勘違いしていたわ』
少しにアクセントを置いているのが、マルルの気持ち悪いところだ。支離滅裂な思考と言動だが、ゴドウィンを愛していることには変わりないということか。
「お前が裏切っていた理由は分かった。さしずめ、ミーナの敵である賢猿にボコボコにされて、無力感を嘆いている顔を視たかったんだろ?」
『ッ!』
「マルル……俺こそアンタを勘違いしていた。姉貴は、本当に良い先輩だと思ってたんだがな!!」
お返しとして、先輩にアクセントを置いて叫んだゴドウィン。マルルの顔が歪んだような光景を幻視するその宣言のあと、沈黙が広がった。
『フフ……いいわ。もう問答はやめましょう。私自身がゴドウィンをボロボロにして上げる!!』
その叫びとともに、階層が大きく振動したのだった。




