窮地の犯人
紫電が駆け抜けた後、森は惨状と化していた。あちこちから焼け焦げたものが出す特有の匂いが、そして何より燻る黒煙が、一瞬にして超高温へと熱されたことを明示している。どうやらカレハが身をなげうってかばったようだ、アウルの身体の上に馬乗りの状態になっていた。彼女が、問いかけをこぼす。
「はあ、大丈夫?」
「大丈夫かと言われたら大丈夫だ。お前に乗っかられている以外はな」
「えっ、あ。ごめんなさい」
カレハがそそくさとどいたのを見届けて、身体に着いた土を軽く払いのけながらアウルは立ち上がった。そして、見据える。奴を、紫電を放った、犯人を。
「お前が犯人だろ……!」
「キュアアアン!!」
凛としていて甲高く、なにより威厳のある叫喚を上げたソイツ。シルエットはちょうど馬のそれで、しかしながらその頭には普通の馬にはありえない、一本の角がまっすぐに生えていた。その角は白熱して薄っすらと発光しており、周りには紫電を文字通り帯電している。足の蹄も同じように白熱しており、プスプスとショートする音が耳障りだ。体格は普通の馬の1.3から1.5倍くらいだろうか、水色と碧色の中間的な色をした身体の、背中の盛り上がりがちょうどアウルの身長と同じ高さに位置していた。纏う雰囲気は静謐な湖面のそれと全く同質で、紫紺色の理知的な双眸が、アウルとカレハの二人を見抜いている。ここに、日本人や中国人……例えばユウセイがいれば奴のことをこう呼んだであろう。「麒麟」、と。
「──」
声なき鳴き嘶きを発し、より一層纏う紫電の量を増加させた奴。しかしてそれを放ちながら吶喊してきた。紫電が空間を切り裂き、蹄の音が絶望を運ぶ。カレハはもちろんサイドステップで避け、アウルも地面を蹴って安全圏へと避難する。が、ひらりと舞った服の袖を一瞬紫電がかすめ、そこが真っ黒に変貌した。
「あっぶね……。モロに食らってたらどうなってたやら」
「アウル!アンタ、あいつどうにかする策とか思いついてない!?」
「無茶を言うなよ……、一瞬で思いつくわけねえだろ。また来るぞ、そっちの方に!」
「キュアアアアッ!!」
アウルが警告を飛ばすと同時。カレハがいた木の根本に、稲光が殺到した。だがしかしそこに、カレハの姿はない。自前の第六感という危険センサーで回避──否、肉薄していた。紫電の閃光に紛れて麒麟へと近づいていたらしい。
「攻撃する時に隙だらけなのよ、アンタッ!!」
振り上げられたカレハの拳、超速の掌底が奴原の筋肉質な身体へと激突する。とアウルが思った刹那、カレハの拳がまるで時間が逆行するかのように正確な弾道で弾かれた。
「キャッ!?」
「おい、どうした!?」
「今、痛みが……」
フン、と鼻を鳴らす麒麟。どうやら使っている紫電から推測して、彼奴は紫電を体に流しているのだろう。それがカレハの拳の直撃を防ぎ、自動的にカウンターをしてくれたらしい。
「直接攻撃がまずいのか……?」
「っぽいわね。触った感じ、我慢すれば触れられはするけど、勢いは殺されるわ」
「じゃあ、今度は俺が行く」
そう言いながら、アウルは自身の魔眼布に手をかける。そのままバッと下に下ろし、隠されし眼を外気に曝した。もちろん、カレハが見えないように明後日の方向を向きながらである。カレハにダメージが行くのはパーティになる前の戦闘でわかっているのでだ。
「こっちを見ろよ、腰抜け角馬野郎」
「──」
安っぽく嘯くと、挑発を理解しているのか知らないが、アウルの方に顔を動かした麒麟。しかし、一瞬で顔を元の位置──カレハの方向だ──に戻した。どうやら効きはして、一瞬だけアウルの驚異的な眼力が奴の紫紺の眼に入ったが、反応速度と精神性で対応されたようだ。
「チッ、第六感で読まれたか。獣の癖に……いや、獣だからこそか」
そのまま地面を蹴りつけ、麒麟の顔の方向に移動して、眼力を……眼を合わせようとする。しかし、アウルの接近を警戒してか、今度は顔だけでなく身体全体で反応した。一瞬にして5メートルほど離れた場所に移動し、顔を全く合わせない。これから眼力を浴びせるのは難しいだろう。そう考えたアウルはいそいそと魔眼布を元の位置に戻す。どうやら眼力以外は何ら普通の男と変わらないことを相手は見抜いているらしい。こちらの専売特許を奪わないでほしいが、それを話が通じなさそうな麒麟に言っても詮無いことだ。
「カレハ!どうやら俺の眼力も避けられてる。二人で協力して追い込むぞ!」
「分かったわ!追い込み方は、アンタに任せる」
そう言ったや否や、カレハの手が残像だけを残してブレる。空気を切り裂く風爪が、何かを投擲したのだということをアウルに知らせた。カレハが鬨の声の如く、叫ぶ。
「喰らいなさい!」
どうやら手頃にあった岩を全力で、全速力で前に飛ばしたようだ。その礫が、麒麟に迫る。だが、この高貴な角を持つ馬が、そんな安っぽい攻撃を喰らうわけがない。空間を走った紫電が石弾を穿ち、さらに貫通してカレハに迫る。しかしてそれが何の抵抗もなく当たるはずもなく、避けられた死を運ぶ紫の電流は周りに生えている木の内の一つを焼け焦がすだけに留めた。麒麟の攻撃はそれだけにとどまらない。甲高い叫声と雷鳴が二重奏を奏で、紫電の破壊が暴威として空間を埋め尽くす。
「俺等ふたりとも武器を持ってないのが仇になったな……」
「武器を持ってたところで、な感じがするけどね。これ、不毛じゃないかしら?」
紫電が蜘蛛の巣のように駆け抜けるのを紙一重で避けながら、二人は会話する。確かに、今のところは有効な攻撃手段を持たないアウルたちでは、いつまで立っても埒が明かないままだろう。
(考えろ、奴の弱点を。カレハが全力を尽くして走れば、翻弄できるか?いや、翻弄したところで、紫電をがむしゃらに撒き散らされて、よもや近づけないみたいな事態に陥りかねない。却下だ)
思考は巡り、時間は引き伸ばされる。アウルの脳髄はこれまでにないほど白熱し、心臓の鼓動が無意識に加速する。
(何か打開するピース……きっかけがほしい。奴が普通と違う反応をする行動を見極めろ)
結論は出ないが、そのままウジウジと悩んでいてもただ無意味に時間とカレハの体力を失わせる愚行と化してしまう。それは頼ってくれるカレハにも自分にも申し訳ないので、とりあえずは決まれば必勝と言えるパターンを選択、投げつけることにするのだった。




