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プロローグ

「──っと、目──ね。──だ」


不鮮明に、彼女の笑顔が見える。

華が咲くようなその笑顔は、ぼんやりとした視界の中で最も目を引く。

鈴を転がすような心地の良いその声が、心に溶けていく。


「……き、み……は」


自分のものとは思えないほどか細い、不安な声が空間に吸収される。

彼女の背中に向けて、手を伸ばそうとする。しかし、腕が重りをつけたかのように鈍い。

そして、彼女の姿は、泡沫の如く消える。

ふと、()()()()()()声がかけられた。


「──さん。お客さん。起きてくれー」


……目を覚ますということは、物語の始まりに似ていると常々思う。今までしていたことを放棄し、新たな世界へと漕ぎ出す。あたかも旅立ちのようではないか。

なんてくだらない思考が寝ぼけ頭を支配しているが、すぐに振り切る。男は細かな装飾が施されている魔眼布、それに包まれている両の眼を開く。もはや体の一部である魔眼布に魔力を流しつつ、凝り固まった身体をほぐすように身体を伸ばした。

魔力が魔眼布に染みきることで、男の視界は一気にクリアになっていく。鮮明な光が魔眼布越しに男の両目を焼いた。そこは幌に囲まれた、馬車の荷台の椅子の上だった。男は眼の前の柔和な笑顔を顔に浮かべているお兄さんと言ってもいいくらいの年齢の男性に、礼を言う。


「ありがとう、お兄さん。お陰で、よく眠れたよ」

「ああ、いいんだ。俺だって王都に用事があったしな。それよりお前さん、その布を付けていて前は見えるってのかい?」


男を王都まで獣車で運んでくれた気前の良い商人のお兄さんは、不思議そうな感じ、というよりは好奇心で質問を投げてきたようだ。よく聞かれることなのでいつものように答える。


「ああ。この布は特別製でね。俺のスキルで他人を無用に傷つけないために付けているんだ。魔力を流すと内側からだけ透けて見える、っていう仕組みさ」

「ふぅん、そういうスキルがあるんだな。その布も、売ったら高そうだぜ」


いかにも商人らしい評価に、男は苦笑した。お兄さんはそのまま言の葉を続ける。


「それじゃ、そろそろ俺は商人ギルドの方に行かなきゃなんねえから。お前さんの無事を祈ってるぜ」

「本当にありがとうございます。また会えたら、よろしくお願いします」


型にはまった別れの言葉と片手を上げながら獣車を率いて去っていくお兄さん。彼にしっかりと頭を下げて、それから改めて向き直る。天を衝くように屹立している、王都立カムフトーム魔塔学院へと。


「さぁ、昇るか。彼女に会うために」


男──アウル・リヴァーネムは震えた。

その塔による威容からの恐怖ではなく、先々に待つ最強との邂逅に。そして、彼女と会える喜びに。

彼の魔眼布に隠れた瞳は、眼力とともに輝いていたのだった。




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